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「小池百合子氏のアラビア語能力は高い」 元外務省の通訳者がツイートした理由

   100人を超える関係者の証言をもとに、東京都知事・小池百合子氏の半生に迫ったノンフィクション本『女帝 小池百合子』(石井妙子氏、文藝春秋)が話題を呼んでいる。

   小池氏の「カイロ大学卒業」という学歴に疑いの目を向けた同書には、アラビア語の能力について、識者が批判する一節がある。

   一方、過去に小池氏の会談に同席した経験もあるアラビア語通訳者の新谷恵司氏は、自身のツイッターで「小池百合子氏のアラビア語能力は高い」と、書籍とは正反対の評価を下した。一体なぜなのか、J-CASTニュースは新谷氏に詳細を聞いた。

  • 小池氏への「アラビア語批判」に通訳者が持論
    小池氏への「アラビア語批判」に通訳者が持論
  • 小池氏への「アラビア語批判」に通訳者が持論

「カイロ大卒」の焦点になったアラビア語

   東京都公式サイト「知事の部屋」によれば、小池氏は1976年10月にエジプトのカイロ大学文学部社会学科を卒業した、としている。エジプトから帰国後はアラビア語の通訳、ニュースキャスターとして活動し、92年に政界へ進出。ただ、小池氏の「カイロ大卒業」という学歴に対しては、以前から疑いの目が向けられてきた。

   2020年5月に刊行された『女帝』では、小池氏が大学在籍時にエジプトで同居していたとされる女性の証言などから、学歴の真偽に迫っている。なお、小池氏は6月15日の会見で、自身のカイロ大学の卒業証書を公開している。

   同書で「カイロ大卒業」を考える焦点の一つになっているのが、アラビア語の能力だ。アラビア語には、アラブ諸国に共通する文語「フスハー」と、日常会話で用いられ、地域ごとに異なる口語「アンミーヤ」の2つがある。同書は、小池氏が中東の記者からフスハーでインタビューを受けている動画を見たインターネットユーザーから、「小池さんのアラビア語は、まったく何を話しているのかわからない」といった声が聞かれた、などと伝えている。

   ほかにも『女帝』では、複数の識者による「小池氏のアラビア語評」を載せている。同書で小池氏のアラビア語を「中一レベル」と評したと紹介された、カイロ・アメリカン大学(エジプト)に留学経験がある小説家の黒木亮氏は、18年6月に「文春オンライン」で配信された記事『初検証・これが小池百合子氏のアラビア語の実態だ』でも、アラビア語を話す小池氏の動画に触れ、誤用などについて指摘していた。

「話す力」「理解する能力」を評価

   こうした批判とは対照的に、小池氏のアラビア語を評価する姿勢を示したのが、アラビア語通訳者の新谷恵司氏だ。新谷氏は83年に外務省に入省後、在エジプト、カタール、チュニジア大使館で書記官として約9年2ヶ月勤務。94年の退官後はアラビア語の通訳や翻訳を手がける「エリコ通信社」を立ち上げ、自身も通訳者として活動してきた。

   新谷氏は20年6月10日に自身のツイッターで「日本人のアラビア語能力について妥当な判断を下す能力を与えられた者として、言っておきたいことがある。小池百合子氏のアラビア語能力は高い」と伝えた。

   続けて、自身が会談に同席した経験を引き合いに出し、小池氏のアラビア語にまつわる以下のエピソードを投稿している。

「知事がアラビア語を話す場面に同席したことは何度もあるが、少なくとも公式会談の3度は覚えている。そのうちの2回は都知事になられてからだ。2度とも、途中から相手が通訳なしに会話することを希望され、会談はアラビア語オンリーになった」

   新谷氏は同じ日に文章投稿サイト「note」へ、「小池都知事のアラビア語力をどう評価したらいいのかわからない方へ」と題した記事を投稿している(編注:新谷氏の許諾を得て、記事末尾に全文転載した)。新谷氏自身は、小池氏がアラビア語の文章を「読んだり、書いたりするところを目撃したことはない」と前置きした上で、

「アラブ人の賓客と直接会話し、齟齬が発生することはない、という事実は、カイロを離れて半世紀近くになるにも拘わらず、知事が話す力と理解する能力を保持していることを示唆しています」

   と、小池氏の「話す力」「理解する能力」を評価した。新谷氏は「note」の中で、黒木氏が「文春オンライン」に寄せたアラビア語評にも反論している。

「外国人が日本語のテニヲハを間違う」ようなもの

   J-CASTニュースは6月13日、新谷氏にメールを通じて取材した。小池氏のアラビア語を評価するツイートを投稿した意図について、新谷氏は「私は、知事の語学力がどのレベルか、などという判定をする機関ではないし、そのようなノウハウもありません」としつつ、

「『小池知事はアラビア語が稚拙』というデマが流布し、そのことと学歴問題を関連付けて考える人が多いようなので、それは事実に反する、ということです」

   と語った。

   新谷氏は、小池氏による動画での誤用などについて、「数十年間、(アラビア語を)使う機会がないのですよ。その条件を考えれば、この程度の間違いをする、というのは当然でしょう」とする。また、自身の通訳者としての経験を引き合いに出し、

「私も、いっぱい間違いますが、大体の場合『心配するな。アラブ人はもっと下手だ』と言ってくださいます。それは、『外国人が日本語のテニヲハを間違う』ようなものです。奇妙に聞こえるが、意味は通じている、ということありますよね?そのような現象です」

   と語った。

   『女帝』の発売後、インターネット上では小池氏のアラビア語が「カイロ大卒業」という学歴には不相応だとして、批判する声が多く聞かれるようになった。新谷氏は、

「語学力は、話す、以外に、読む、書く、聞くという能力別に判定され、総合的に評価されるものでしょうし、大学の授業を受ける上ではこの3つが、会話力以上に重要です」

   としつつ、

「個人の語学力を値踏みし、確定している学歴について相応しいか否か?などと詮索することは、非常に失礼な行為だとも思います」

   と語った。

   (以下、新谷氏のnote投稿全文)

新谷氏のnote「小池都知事のアラビア語力をどう評価したらいいのかわからない方へ」全文(1)

   小池百合子氏のアラビア語力は高い、というツイートをしたらバズりましたので、アラビア語の世界をもう少しご紹介しましょう。

   ツイートしたように、知事はアラブ人と普通に政治経済の議論ができ、日常的(頻度は少ないでしょう)にそれを行い、かつ、接する人にその言葉が流暢であると評価されています。政治的に物議を醸しているこの問題についてあえてツイートした理由は、この事実が現在重要であるにも拘わらず、逆の風説が流布していることについて、正義を欠くと考えたからです。私は、政治家小池百合子に期待をしていますが、そのことが、同氏のアラビア語能力についての私のこの評価に影響を与えているということはありません。政治的な意見を言う前に、私にとっては自らの職業上の倫理を守ることと信用の方がよほど大切だからです。

   話す力と理解する力(ヒヤリング力)

   語学は、一般に「読み・書き・話し・理解する」という4つの能力をバランスよく身に着ける、ということが標榜されます。次にお話する知事のアラビア語についての私の評価は、主に、「話す」と「理解する」という2点についてのものです。知事が読んだり、書いたりするところを目撃したことはないからです。

   私がツイートしたエピソード:知事はアラブ人の賓客と直接会話し、齟齬が発生することはない、という事実は、カイロを離れて半世紀近くになるにも拘わらず、知事が話す力と理解する能力を保持していることを示唆しています。このツイートを私のFBページ上でも開示したところ、同僚のA.モーメン東海大学教授が彼自身の評価を寄せてくれました。同教授はエジプト出身で、日本人より日本語が上手と言ってよい言語学者です。彼は小池知事の通訳として動員されたときの経験を踏まえて、知事は「使用語彙」に比べて「理解語彙」が遥かに多い、と指摘しています。曰く、「(人には『使用語彙』と『理解語彙』があるが、通常、)『使用語彙』は『理解語彙』に比べて3割少ない。つまり、言語を使いこなすには、使用語彙以上に理解語彙の方が重要である。知事の場合は、使用語彙より理解語彙の方が圧倒的に高い。小池知事の2003年の環境大臣の時代からこれまで公式や非公式の幾度無くの場において知事のアラビア語に接した当方の評価では、『アラビア語を話せる』というレベルを遥かに超えていることは間違いない」と述べています。

   このことを易しく言い換えると、知事はアラビア語を日常的に話す、という環境からは何十年も離れているので、咄嗟に普段使わない単語が出ない状態になっているが、一度アラビア語はマスターしているため、聞く分には問題なく理解している、ということになります。

新谷氏のnote「小池都知事のアラビア語力をどう評価したらいいのかわからない方へ」全文(2)

   フスハーとアンミーヤ

   知事が話す言葉はエジプト口語(アンミーヤ)であり、大学を卒業したのであれば文語(フスハー)がしゃべれるはずだ、といった指摘がされることがあります。驚いたことに、アラビア語を聞いてもわからない議員が、「今ここでフスハーでしゃべったら許してやる」という始末。これは、そもそも議論の土台からして間違っています。

   私は、フスハーを理解し、話せるようになることを目標に勉強したので、今も基本的にフスハーで話しますが、困るのは、エジプト人がアンミーヤで話し出した場合。あまり訛っていると理解できない場合もあるので、非常に緊張します。しかしエジプトの方は、アンミーヤで話すのが当たり前なので、博士号を持っていても、まったくフスハーではしゃべれない、という方は普通にいます。

   フスハーで話す、ということは特別の訓練を必要とする作業で、メディア関係者、俳優、イマーム(モスクの導師)、アラビア語の先生、などはその訓練を積んでいます。しかしエジプトでは、イマームも一番人気のあった人はアンミーヤで説教するほど、アンミーヤが普通です。テレビもアンミーヤで話しています。シーシ大統領もアンミーヤで話されます。私はこれを通訳できる通訳者(日本人では少ない)として売り出していますが、内心ひやひやです。それほど、違う言葉であるということをご理解下さい。小池知事は、フスハーで話し始めても、少し時間が経つとアンミーヤになります。それは、ほとんどのエジプト知識人についても起こる現象です。

新谷氏のnote「小池都知事のアラビア語力をどう評価したらいいのかわからない方へ」全文(3)

   黒木亮さんが文春オンラインで書いた評価について

   私のツイートは、多くの方が論拠としている黒木亮さんの記事とは真っ向から反対の意見であるため、何人もの方からお問合せを戴きました。そこでお答えしようと思いますが、その前に次のような事情は説明しておこうと思います。

   黒木さんは、実に小生の早稲田大学の先輩で、アメ大(AUC)の中東研究科においても1年先輩です。箱根駅伝を選手として走ったスポーツマンでもあり、フェアプレー精神あふれる大変立派な人です。その人が、なぜこのような記事を書いたのかと、残念ですが、正義感の強い方です。おそらくは知事の「経歴詐称」を確信し、許せないという気持ちが根底にあるのかもしれません。私はそのこと自体、褒められることであり何ら否定すべきものでないと考えています。お調べになって書かれていることも尊重したいと思います。

   しかし、記事に披露されている黒木さんのアラビア語観、特に知事のアラビア語能力に関するアセスメントは一言で言って幼稚、かつ杜撰です。あれほど賢く、精密な仕事をされる方が、なぜこういうものを書いたのか、理解に苦しみます。編集者が加筆して、筆者の意図以上に過激化するということはよく起こります。そういう部分もありそうな気がしています。

   2,3例を挙げましょう。まず、いきなり「日本で6か月やった程度のレベル」との見出しが躍っていますが、日本人が日本で6か月学んだ程度でエジプト口語(アンミーヤ)を話すようになることはできません。アラビア語はノンネイティブには敷居の高い言語で、始めてから1年でようやく辞書を引けるようになる、と言われています。エジプト口語はそんな簡単なものではない。現地で長く暮らした知事だからこそ、すっと口をついて出てしまうのがエジプト口語なのです。黒木さんは、そのような評価を下した人が「エジプト人」であると権威づけしていますが、このエジプト人に日本人のアラビア語能力を評価する力がないことは明らかです。また、黒木さん自身、このステートメントの矛盾に気づいているはずです。一生懸命勉強されたのですから。

   2ページ目には、小池知事がリビアで会見した時の肉声が張り付けられています。これを聞いて、なぜ記事のような評価になるのでしょうか。これは全く理解不能です。35年アラビア語を学び、会議通訳者として執務し、教鞭も取っている者として証言しますが、知事の発音、イントネーションは極めて正しく、非常に聞きやすいものです。これゆえに、アラブ人が感動し、このようにメディアが引用もするし、会った人が直接話したいと思う理由です。

   黒木さんの指摘:「クウワート」(複数形)だと「軍隊」という意味になるので「人の軍隊を推進したい」というわけの分からない発言になっている。

   確かに、ここは単数形を使うのが正しいのですが、複数にしても意味は十分に通じています。軍隊にとられる恐れはありません。「わけの分からない発言」とは、それこそ、わけがわかりません。

   全文を通じそうですが、このパラグラフに書かれていることも独善的かつ間違いです。女性形を使ってしまった、とか、言葉が出なかった、ということについては、数十年日本の政治の世界で仕事をしていて、普段アラビア語を使っていない、ということを考えれば、むしろこれだけ残しているということの方が驚異的だと考えるのが普通です。男性形、女性形の間違いのことを言えば、ネイティブでも間違えることはあり、ガイジンの小生は今も間違いっぱなしです。さすがに、(知事のした)この間違いはしないと思いますが。普段使っていないと間違えるのは仕方のないことです。

   フスハー(文語)で言うべきところ(留学している学生)を口語で言った、との指摘に至っては、口語できちんと通じていますし、前述したとおり、博士号を持ったエジプト人であっても、同じようになるか、そもそも最初から文語で話せません。

   写真は、2016.12.パレスチナ・オリンピック委員会会長が表敬した際のもの。私がツイートで「記憶している」と言った3回の通訳機会のうちのひとつ。このときも、お客さんは直接知事と話した。