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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
混乱と分断の中の「独立記念日」

   7月4日は、米国の独立記念日。イギリスの統治下にあった北米13の植民地が、独立を勝ち取った祝日だ。

   毎年、全米各地で盛大に花火が打ち上げられ、パレードやコンサートなどのイベントが開かれる。家族や友人とバーベキューやピクニックを楽しみ、この国の独立を祝う。街中が星条旗であふれ、最もアメリカらしい祝日だ。

   しかし、2020年5月末から今も続く人種差別に対する抗議デモと一連の動き、7月に入ってからの新型コロナウイルス感染の急増、11月に控える大統領選と、米国は混乱し、分断されているようにみえる。今年はいつもと違い、人々の間に悲観的な空気も流れている。

  • 2017年にアイオワ州で開かれたトランプ支持者の集会で掲げられた星条旗。共和党の支持者には星条旗掲揚を重視する人が多い(Office of the President of the United State)
    2017年にアイオワ州で開かれたトランプ支持者の集会で掲げられた星条旗。共和党の支持者には星条旗掲揚を重視する人が多い(Office of the President of the United State)
  • 2017年にアイオワ州で開かれたトランプ支持者の集会で掲げられた星条旗。共和党の支持者には星条旗掲揚を重視する人が多い(Office of the President of the United State)

3人に2人が、米国は「間違った方向を向いている」

   2020年6月末に行われた「USAトゥデイ」の世論調査によると、アメリカ人の3人に2人が、米国は「間違った方向を向いている」と答えている。

「今年は独立記念日を祝う気持ちにはなれない」と私に電話で話してくれたマディ(25、イリノイ州シカゴ在住)は、BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命を軽んじるな)の運動に積極的に参加してきた。 「黒人の命を虫けらのように扱う国に、敬意は払えない。21世紀のこの時代に、警官による暴力が立て続けに起きていることが、世界中の人の目にもさらされて、この国の信頼も大きく失われた。トランプが大統領だということが、アメリカ人として恥ずかしい」

   前出の世論調査では、トランプ支持者の10人に9人が、米国は「最も偉大な国、あるいは偉大な国の1つだ」と答えているのに対し、バイデン支持者の10人に6人が「平均か、それ以下」と回答している。

   ジョージア州コロンバス郊外に住む80代のマークは、私との遠隔取材の画面の向こうで、首を何度も横に振った。

「こんな悲痛な思いでこの日を迎えるのも、珍しいよ」

   共和党を支持するマークは、一部の民主党支持者らが、奴隷制度を支えた歴史的人物の像を破壊・撤去しようとしていることに触れた。

「警官の暴力的行為が存在することも、黒人に対する差別が未だ続いていることも、よくわかっているよ。それは何とかしなければならないと、共和党支持者だってほとんどが思っている。 でも、極左の連中がやっていることはあまりにも乱暴で、反発を生むだけだ。当時の時代背景を無視して、しかも反論の余地も与えずに、強引に倒したり破壊したりするのが、民主主義なのか。極左の言い分をのみ続けていたら、自分たちが守ってきたアメリカが、どんどん壊されていく。こんなことは言いたくないが、民主党支持者のなかには、新しく来た移民も多い。彼らに愛国心はあるのだろうかと、思ってしまうよ」

コロナと黒人差別と闘うのに必要な信頼

   最近の「ギャラップ」調査によると、共和党支持者は民主党支持者に比べ、「アメリカ人であることに、とても誇りを持っている」と答える傾向が強い。

   共和党支持者の半分が「星条旗の掲揚はとても大切だ」と答えているのに対して、民主党支持者では4分の1に過ぎない。

   前出のマディは、「国がどういう状況にあろうと関係なく、盲目的に支持するのが、愛国心ではない。私はアメリカを愛しているからこそ、よい方向に変えなければと闘っているのよ」と反論する。

「ギャラップ」調査でも、民主党支持者の2人に1人が、「政府が間違っている時には、抗議することがとても重要」と回答しているのに対し、共和党では3人に1人に過ぎない。

   マディは続ける。

「コロナも、制度に深く根ざした黒人差別も、闘うためには人々の信頼があり、国をまとめる力を持った指導者が不可欠。でも、トランプはその真逆。この国を分断し、亀裂をますます大きくしている。バイデンにはカリスマ性はないかもしれないけれど、彼が大統領だったら、これほどの分断は起きていなかったと思う」

「第2の南北戦争が起きるかもしれない」

   収束の方向に向かうかに見えたコロナの感染急増が、ここに来て深刻化している。2020年7月に入り、1日の感染者数が初めて5万人を超える日が続いている。累計の感染者数は268万人、死者数は13万人となった。

   全米40州近くで、最近2週間の新規感染者がその前の2週間と比べ増えているだけでなく、検査の陽性率と入院者数も増加している。多くの州で、レストラン店内での営業や、バー、映画館の再開を延期するなど、見直しを始めている。

   ニューヨーク市では混雑を避けるために、独立記念日だけのイベントだった花火を数日にわたり、1回5分間、場所を変えて打ち上げている。

   コロナ感染の危機感は高まり、そのうえ、極左と極右の意見の激しい対立に、「第2の南北戦争が起きるかもしれない」と本気で心配する人もいる。

   アメリカはこれからどうなっていくのか。

   こんな状況でも、オハイオ州コロンバス郊外に住むブライアン(36)は、「僕は楽観的なんだ」と電話の向こうで言う。

「これまでもいろいろな危機があったけれど、乗り越えてきたよ。必要なのは、対話だ」

   考え方や信条は違っても皆、米国の市民。この国を愛し、住みやすい場所にしたいと思っていることに変わりはない。メディアやSNSでは、注目を引きやすい暴力や破壊などの過激なニュースや画像が取り上げられやすいことで、分断が強調されているともいえる。

   ブライアンは続けた。

「まずはみんなが協力して、コロナをやっつけることだ。外出を控えて、マスクをして。コロナが収束して、外に出てみればわかる。人々は人種を超えて、見知らぬ人とも楽しそうに会話しているよ。人はそんなに変わらないものだよ。トランプ支持者の僕だってね」

   そう言って、笑った。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。