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Jリーグ「若手GK」台頭の理由とは? 18歳のスタメンも...GKコーチが語る「尽力者」と「変化」

   サッカーJ1リーグで今季、東京五輪世代やさらに下の世代の「若手GK」が続々と台頭している。直近の第12節は23歳以下のGKが18チーム中4チームで、さらに第9~11節はいずれも同5チームでスタメンを飾った。ポジションの特性を考えれば異例といえる。

   新型コロナウイルスの影響で、今季のJリーグは「降格なし」かつ「過密日程」など例年と異なるルールが敷かれた。「それが若手の出場機会増につながっているのは間違いないでしょう」と語るのは、浦和学院高校サッカー部GKコーチで元U-20ホンジュラス代表GKコーチの山野陽嗣氏。だが、若手の台頭を支えているのは「決してそれだけではありません」という。日本のGK界で何が起きているのか。山野氏の分析を前後編でお送りする。

  • 完成度の高さに山野氏が舌を巻いた、仙台の18歳GK小畑裕馬。再開後のJ1リーグ5試合に先発(写真:森田直樹/アフロスポーツ)
    完成度の高さに山野氏が舌を巻いた、仙台の18歳GK小畑裕馬。再開後のJ1リーグ5試合に先発(写真:森田直樹/アフロスポーツ)
  • 完成度の高さに山野氏が舌を巻いた、仙台の18歳GK小畑裕馬。再開後のJ1リーグ5試合に先発(写真:森田直樹/アフロスポーツ)
  • かつてU-20ホンジュラス代表GKコーチをつとめた山野陽嗣氏

東京世代だけでなくパリ五輪世代の選手も

   若手GKの群雄割拠だ。2020年8月22~23日のJ1リーグ第12節は、東京五輪世代の筆頭株、サンフレッチェ広島の大迫敬介(21歳、187センチ/86キロ=以下3つの数値は同じ並び)のほか、清水エスパルスの梅田透吾(20、184/79)、湘南ベルマーレの谷晃生(19、190/84)、鹿島アントラーズの沖悠哉(20、184/82)ら東京五輪世代の若手がスタメンに名を連ねた。

   FC東京の波多野豪(22、198/97)は第9節J1デビューから第11節まで3試合連続スタメン。鹿島は第10~11節、東京五輪より若いパリ五輪世代の山田大樹(18、190/72)を先発起用した。ベガルタ仙台の小畑裕馬(18、185/82)もパリ世代ながら7節までの5試合に先発してきた。ここまで7人もの23歳以下のGKがJ1のリーグ戦でスタメン起用されていることになる。

   参考までに19年のJ1は、前出の大迫や、東京世代ではないが当時23歳のサガン鳥栖・高丘陽平(24、181/72)ら、ごく限られた若手しかリーグ戦に出場していない。その1シーズン後にこれだけの人数が頭角を表した。

   1チーム11人の中で唯一手が使える特殊なポジション。GKは、1人しか出場できない、経験が物を言う、フィールドプレーヤーに比べて選手寿命が長い、などが重なり、若くしてスタメンを掴む選手は少ない。では今、Jリーグで何が起きているのか。

「降格」「大観衆」というプレッシャー

   まず挙げられるのは今季の特例。新型コロナウイルス感染症の影響で、今季はJ1からJ2、J2からJ3への「降格なし」となったことに加え、リーグ再開当初は「無観客試合」や観客数5000人を上限とした「制限付き試合」での開催となった。さらに、通常週1試合のリーグ戦が週2試合のことも多くなる過密日程が組まれ、例年以上に各クラブは選手のやりくりに気を配る。山野陽嗣氏はその影響をこう話す。

「複数の若手GKが出場チャンスを得るという過去にない稀有な状況が起きているのは、やはりコロナの影響で『降格がない』恩恵はあると思います。その証拠に、コロナで中断する前に行われた2月の第1節で、大迫選手以外は先発出場の機会を得ていません。もし1節から先発していたのなら『純粋に実力のみで勝ち取った』と言えますが、そうではありませんでした。なので今季デビューした若手GKたちは、大迫選手とはまた状況が異なると思います」(山野氏)

   2月の開幕時点では当然、「今季は降格なし」と決まっていない。開幕節での大迫を除く東京世代以下のGKは、柏レイソルの滝本晴彦(23、190/83)が先発したキムスンギュ(29、187/84)との負傷交代という形で、後半途中から急きょ出番を得たのみ。その直後に突入した中断中に前出のルールを整備し、リーグ戦が再開した2節から冒頭の梅田や小畑らが一気に先発するようになった。正GKの負傷離脱などでチャンスがめぐってきたケースもある。だが、若手が出場しやすい状況になったのも確かだと山野氏は言う。

「『降格がある』というプレッシャーの中でプレーするのは容易ではありません。監督やGKコーチも、降格があれば、1人しか出場できないGKになかなか若手を起用できないでしょう。技術もフィジカルも判断力も、ベテランや中堅GKには及ばない面があります。

さらに『無観客』や『観客が少ない』試合でデビューできたことも大きいです。大観衆のプレッシャーがない、あるいは薄い状況で、練習試合のような雰囲気でスタートできた事が、今の若手GKたちの活躍に繋がっている部分はあると思います」

「確実に一昔前よりGKコーチの数が増えています」

   この特殊なシーズンを活用して、若手に実戦経験を積ませる狙いが各クラブにはあるようだ。とはいえ、一定の実力がなければ1試合だけで再び控えやベンチ外に回ってもおかしくない。その点、今季出場している若手GKの多くは既に複数試合に出場したり、好セーブを見せたり、無失点という結果を出したりしている。山野氏は「特に仙台の小畑には衝撃を受けました。18歳にして完成されています。通常、プロに入るとまずプレースピードの速さに戸惑う選手が多いですが、驚くほど冷静かつ的確に状況判断ができています」と舌を巻く。

   実力の面で若手の台頭を支えているのは、「何といってもGKコーチの方々が尽力されているおかげです」と山野氏は断言する。日本サッカー協会(JFA)が創設した「GKコーチライセンス制度」や現場の努力が、成果となって今表れ始めているという。

   話は22年前にさかのぼる。FIFAワールドカップ(W杯)初出場の1998年フランス大会、日本は3連敗で敗退。JFAは大会後の総括で「世界に追いつき追い越すために必要なことの中の1つとして、GKの養成が急務」(JFA公式サイトより)との分析から、世界を見据えた「ゴールキーパープロジェクト」を発足させた。その後2004年に新設したのがJFA公認GKコーチライセンス制度。創設後も改善を重ねながら、協会をあげてGKとその指導者を養成している。

   海外でのコーチ歴も長い山野氏は、2019年から日本の高校の指導現場に身を置くようになって驚いたという。「確実に一昔前よりGKコーチの数が増えています。対外試合で相手チームにGKコーチがいるのをよく見ますし、GKコーチによっては複数チームを掛け持ちして指導に回る方もいます」というのだ。

「JFAのGKコーチライセンスは素晴らしいもので、GK界全体の指導力は確実に向上しています。指導者の数も増えています。それをベースに、プラスして現場のGKコーチ陣が独自に研究と試行錯誤を重ね、所属選手に即した練習方法を考えています。Jリーグクラブから部活まで、各GKコーチの方々が本当に尽力され、質の高い練習と指導をしてきた成果として、GKのレベルが底上げされていると思います」(山野氏)

7人全員が「Jリーグアカデミー」出身

   冒頭にあげたJ1の若手GK陣について、山野氏はその「出身」にも着目する。7人全員、柏の滝本も含めれば8人全員がユース、ジュニアユース、ジュニアなどからなるクラブごとの育成組織「Jリーグアカデミー」出身なのだ。期限付き移籍で湘南に在籍する谷以外は現所属クラブのアカデミーで育っており、その谷も、本籍を置くガンバ大阪のユース出身。逆に、高校の部活(高体連)出身者はいない。

「今年の高校・ユース世代のJリーグ加入内定者もそうです。GKは7人いましたが、J1・J2クラブの内定者に高体連出身の選手はいませんでした。J3・FC今治に東海大福岡高から1人加わったのみで、残る6人はアカデミー出身です。

このような現象が起きるのは、高校入学の段階、あるいはその前の段階でアカデミーが有力選手をスカウトしているからとも考えられます。しかし、部活動のGKコーチが増えてきたとはいえ、強豪校でもGKコーチがいないサッカー部はまだまだあります。そうすると若い時に、元々スカウトされるほどの才能を持ったGKが、JリーグアカデミーでハイレベルなGKコーチの指導を受けられれば、のちのち大きな差になってくると思います。今後も高体連出身のGKは減っていくかもしれませんね」(山野氏)

「アカデミーからトップチームまで一貫した哲学でGKを養成」か

   「日本を代表するGK」として必ずと言っていいほど名前があがるのは、18年シーズン後に現役引退した川口能活(45)、楢崎正剛(44)両氏、そしてフランス1部ストラスブールの川島永嗣(37)だろう。川口氏は清水市立商業高(現・清水桜が丘高)、楢崎氏は奈良育英高、川島は浦和東高と、いずれも高体連出身、そしていずれも若くしてJリーグの舞台でポジションをもぎ取った。

   川口氏はプロ入り2年目の20歳で横浜マリノス(当時)の正GKを奪取。楢崎氏は横浜フリューゲルス(当時)入団初年19歳の時からゴールマウスを任された。川島はJ2・大宮アルディージャでキャリアをスタートすると、初年のイタリア留学を経て、翌年20歳のシーズンにレギュラーとなった。もちろんこの3人ですべてを語ることはできないが、「高校からアカデミーへ」と隔世の感もある。

「現代のJリーグクラブは、アカデミーからトップチームまで一貫した哲学でGKを養成する傾向にあると感じます。こうなると、高体連出身のGKはなかなかそこに割って入れない。クラブの方針に合うGKになれるよう、長い期間をかけて育てる。だからトップチームに加入して日が浅い選手も出場しやすく、連携しやすいのかもしれません。

例えば、育成組織でしっかり指導を受けているのか、今の若手GKは足を使ったプレーも上手いです。現代サッカーにおいて、GKがフィールドプレーヤーのように攻撃の組み立てに参加することは当たり前になっています。監督が追求する戦術にGKが直接関わってくるわけです。足元の技術が高いことは、チームにフィットする上でアドバンテージになるでしょう。その点も、今季の若手GK台頭の要因の1つだと思います」(山野氏)

「まだ『世界』で通用するかどうかを評価できる段階にありません」

   東京世代やそれ以下で将来が嘱望されるGKは他にもいる。ナイジェリア人の父と日本人の母を持つ小久保玲央ブライアン(19、193/81)は18歳で海を越え、ポルトガル1部ベンフィカのU-23チームに所属。パリ五輪世代だが、東京世代の代表に飛び級で選出経験もある。ガーナ人の父と日本人の母を持つJ1・浦和レッズの鈴木彩艶(ざいおん、17、189/91)も19年のU-17W杯で正GKとして躍動、一躍注目の的になった。また、J1のリーグ戦こそ出場はないが、横浜FCの市川暉記(21、190/86)は8月のルヴァン杯で先発出場。J2を見ると、アルビレックス新潟の藤田和輝(19、186/82)、京都サンガの若原智哉(20、185/83)らが今季リーグ戦複数の試合に先発している。

   山野氏は若手GKが続々と台頭している現在の状況を「本当にポジティブなことです」と歓迎する。そのうえで、期待を込めてこう語っていた。

「確かに今季のJ1では多く若手GKが台頭していますが、『世界で通用するかどうか』は、また別の話だと思います。世界のGKはさらに進化しています。先ほどアカデミー出身選手が多いと話しました。育ってきたクラブで活躍できることと、世界のクラブで活躍できることの間には大きな壁があるでしょう。選手としてはコロナ禍でめぐってきたチャンスをどれだけ糧にできるかにかかっています」(山野氏)

(J-CASTニュース編集部 青木正典)