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「止めたのだから『ナイスキーパー!』で良いんじゃないか」 日本がGKを育てるために、何が必要なのだろう

   東京五輪世代以下の「若手GK」が続々と台頭している今季のサッカーJ1リーグ。ポジションの特性を考えれば異例といえる。今、日本のGK界で何が起きているのか。

   浦和学院高校サッカー部GKコーチで元U-20ホンジュラス代表GKコーチの山野陽嗣氏による分析の後編では、メディアで度々なされてきた「GKは日本の弱点」という指摘について考えた。

  • 元U-20ホンジュラス代表GKコーチの山野陽嗣氏
    元U-20ホンジュラス代表GKコーチの山野陽嗣氏
  • 元U-20ホンジュラス代表GKコーチの山野陽嗣氏

他国の評価に受けたショック...求められる「物差し」

   メディアではしばしば「GKは日本の弱点」と言われてきた。しかし、前回記事であげてきた有望な若手GKを見るに、「弱点」と言われなくなる日はそう遠くないようにも思える。実際、数年後には日本が「GK大国」になるという見方もすでになされている。GKコーチの山野氏はどう考えているのか。

「何をもって『弱点』と言うべきでしょうか。私は、『GKが日本の弱点』というのは『日本のGKが世界で評価されていないということ』だと考えています。

『川口(能活)氏と楢崎(正剛)氏の時代はレベルが高かった』という声もあります。両氏は本当に素晴らしい選手で、長く日本のGK界を牽引しました。ただ、川口氏と楢崎氏を比較することはあっても、両氏と世界のGK、たとえばイタリアのジャン・ルイジ・ブッフォンや、ドイツのオリバー・カーンらと比較する視点は、当時ほとんどありませんでした。そもそも比較しようという発想自体がなかった。インターネットが今ほど普及しておらず、世界の試合を見る機会が少なかったのです。世界と比べる『物差し』がなかったわけです。

私は06年にジャマイカのプロサッカーチームに練習参加しました。その際、98年フランスW杯で日本を破った選手や、ジーコジャパン初陣の02年ジャマイカ戦(1-1)に出場した選手など、複数の元ジャマイカ代表選手に『日本のGKの印象』を聞きました。返ってきたのは『正直、日本のGKは良くなかった』『イージーだった』と、辛辣な評価ばかりでした。これらのジャマイカ戦に出場した川口氏と楢崎氏は世界でも一定のレベルを持つ選手だと信じていた私は、他国からの評価にショックを受けました」(山野氏)

「実績を見れば、日本のGKは『世界で評価』されるようになってきたと言えます」

「そこで思ったのは、世界における日本の位置づけを常に見ていくべきだということです。川口氏は日本人GKとして初めて海外移籍し、楢崎氏は02年日韓W杯で日本の初勝利に貢献しました。川島選手はベルギーリーグで、日本人初となる欧州クラブでの正GKの座を掴みました。さらにフランスリーグのメスでレギュラーを掴み、日本人初、欧州5大リーグでの正GKとなりました。川島選手は今もフランスのストラスブールでプレーしています。そして、権田修一選手(31)やシュミット・ダニエル選手(28)ら複数の日本人GKが欧州に渡っています。

世界の中で着実に日本のGKはレベルアップしていますし、川島選手を皮切りに欧州で正GKとなる選手も出てきました。その実績を見れば、日本のGKは『世界で評価』されるようになってきたと言えます。そして最初に言った、何をもって『弱点』というべきかという観点から見れば、『世界で評価』されるようになってきた...つまり、もはやGKは『日本の弱点』ではなくなってきているのではないでしょうか。

海外勢が増えれば、日本にいるGKや指導者も世界を意識するようになります。今はインターネットを介して欧州の試合映像も簡単に見られます。そうして世界と比べる『物差し』を持てば、自然と目標も高くなり、成長の度合いも大きくなるでしょう。

ただ、『GK大国』とまで言うと、それはドイツのようになるということです。ドイツはGK人気が高く、いつの時代も名選手を輩出してきました。今もマヌエル・ノイアー、テア・シュテーゲン、ベルント・レノなど世界トップクラスのGKが多数います。日本がレベルアップしているのは確かですが、ドイツレベルにまで達するのはまだまだ時間がかかるでしょう」(山野氏)

米国若手GKに感じた「力強さ」と「ダイナミックさ」

   19年のU-17W杯、日本-米国戦(0-0)。山野氏は日本代表GK鈴木彩艶(ざいおん、18歳、189センチ)の技術の高さに驚くとともに、米国代表チトゥル・オドゥンゼ(17歳、200センチ)に、日本人GKにはあまり見られない「力強さ」や「ダイナミックさ」を感じたという。

「基本技術を習得しているのは大前提で、米国のGKはそれにプラスして野性的というか、躍動感あふれるダイナミックな動きをしていました。相手の予想より数センチ先まで飛べる、手が伸びる。シュートに対する準備の時間さえ与えてくれない状況下でも、咄嗟の動きで止められる。実際、それで何本もの決定機を阻止していました。

2メートルの巨体でこれだけの動きができることに、私は衝撃を受けました。日本では見ないタイプの選手です。世界で評価されるのはこういう選手なのだなと思いながら見ていたのですが、オドゥンゼ選手はイングランド・プレミアリーグ、レスターの下部組織に所属していると後で知り、納得できました」(山野氏)

「『止める』という本質を見失うことがあってはいけない」

   では、日本人の若手GKが欧州5大リーグなど、世界の舞台へ飛び出していくには何が必要なのか。山野氏はまず「JFA(日本サッカー協会)公認GKコーチライセンスが創設されました。これは素晴らしい制度で、指導者のレベルは上がっています。ただ、杓子定規に解釈しすぎたような指導方法も、まだ現場では見られます」と話す。

「基本の『型』は非常に重要です。ただ、型に縛られすぎて小さくまとまってしまうと、実戦で先ほどの話のようなダイナミックな動きはできなくなるでしょう。『止める』という本質を見失うことがあってはいけないし、型から多少外れた動きであっても純粋に『止めた』ことをもっと評価していいと思います。

指導の現場にいて、日本は細かいミスも指摘される傾向があると感じます。以前こんなGK指導を見ました。選手が至近距離の速いシュートを横っ飛びで何本も止めていたのですが、そのコーチは『ダイビング(横っ飛び)は前に飛ぶばないとダメだ』と、褒めるのではなく怒っていたのです。確かにダイビングはボールに最短距離で届くよう、シュートコースに対して斜め前に向かって飛ぶ、という原則はあります。

でも、その原則どおりのプレーができる状況だったのか。有効な状況だったのか。状況によっては前に飛べないこともあるし、後ろに飛んだほうが有効なこともあります。今言ったシーンでは至近距離から速いシュートを打たれており、GKが飛ぶ方向をコントロールできる状況ではありませんでした。私は、そんな状況で立派に止めたのだから『ナイスキーパー!』で良いんじゃないかと思いました。

たとえ『型』通りではなくても、試合で止められたのは練習の賜物であり、試合の状況に応じたプレーだったはずです。状況や有効性を考慮せず、ただ原則に反しているからダメだと指導したら揚げ足取りになってしまいます。ミクロにとらわれすぎて、マクロをおろそかにしてしまうような指導。こうした指導が果たして選手のためになっているのかどうか」(山野氏)

「『ミス』してもその後の『リカバー』」が評価されたドイツ

   加えて、メディアにおける評価の仕方も重要だという。GK大国ドイツでのGKの見方を引き合いに、こう話している。

「ドイツ・ブンデスリーガがYouTubeで、10~19年のベストセーブトップ10をまとめた動画を公開していますが、その選定は興味深かったです。3位に入ったボルシアMGのヤン・ゾマーのセーブは、シュートを自分の股の間に後逸してしまったボールを、ゴールラインギリギリでもう一度反応してキャッチしたものです。つまり、『ミス』してもその後の『リカバー』の素晴らしさが評価されたのです。ドイツの評価基準は『減点方式』でなく『加点方式』のような、ポジティブな印象を受けました。

GKのプレーはミスが分かりやすく、失点すればGKに過失がなくても叩かれるなどして、本人は責任を感じます。孤独感とも戦っています。選手もGKコーチも精神的に負荷がかかり、体調を崩すこともあります。叱咤すべきプレーは当然ありますが、そればかりでは選手は『ミスしないように』と消極的になります。良いプレーは良いとしっかり称賛する。それによってモチベーションが喚起され、ミスを恐れず積極的かつ躍動感あふれるプレーができるようになっていき、引いてはレベルアップにつながるのではないでしょうか」(山野氏)

(J-CASTニュース編集部 青木正典)