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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
9.11 あの時の「沈黙」と重なるニューヨークの今

「コロナで閑散とした今のように、19年前のあの時もニューヨークは沈黙していた」

   アメリカ同時多発テロ事件の跡地で、父親に捧げる白いバラを手にした女性が私にそう語った。

   ニューヨークにいれば必ずそうするように、私は今年もあの地に足を運んだ。新型コロナウィルス感染を恐れ、街にまだ人影は少ないが、「この日はこの場にいたい」と、追悼式典会場の外には、遺族だけでなく一般市民の姿もあった。今回の連載では、コロナとの闘いの最中、大統領選間近のこの街で、私が見た「9.11」を報告する。

  • 同時多発テロにより当時26歳で亡くなった知人男性の遺影を追悼碑の前に掲げ、見つめるコネティカット州の男性(2020年9月、筆者撮影)
    同時多発テロにより当時26歳で亡くなった知人男性の遺影を追悼碑の前に掲げ、見つめるコネティカット州の男性(2020年9月、筆者撮影)
  • 同時多発テロにより当時26歳で亡くなった知人男性の遺影を追悼碑の前に掲げ、見つめるコネティカット州の男性(2020年9月、筆者撮影)

ニューヨーカーは皆、「大切な仲間」を亡くした

   2020年9月11日朝、ニューヨークの空は曇っていた。現地に向かう地下鉄で、言葉を交わした40代くらいの女性が言った。

「事件が起きたあの朝、雲ひとつない晴天だったのを覚えてる? 天候は違うけれど、悲しみは今も同じ。私は直接の知り合いを亡くしたわけではないけれど、私たちは皆、亡くしたのよね」

   知り合いかどうかは関係ない。私たちニューヨーカーは皆、「大切な仲間」を亡くした、ということだろう。

   追悼式典は今年も、ハイジャック機2機が激突して崩れ落ちた世界貿易センタービル(World Trade Center)跡地で行われたが、コロナ感染防止のため、参加する遺族の数は絞られた。またいつもなら、遺族が2人1組で犠牲者の名前を1人1人読み上げるが、前もって録音された音声が流された。

84階にいた夫からの電話

   式典会場の外で、3本の白いバラを手に立っている女性がいた。大量の有毒な粉塵を吸い込んだことが原因で、4年前に父親を癌で亡くしたという。

「ニューヨークは活気あふれる街なのに、今はコロナで閑散としている。19年前のあの時も同じように、この街は沈黙していた。多くの人が亡くなり、街は閉鎖されて人影がなく、薄暗い陰鬱な雰囲気で、まるで映画のシーンのようだった」

   そこへ別の女性が現れ、「その花、どこで買ったの?」と声をかけてきた。

   「1輪、どうぞ」と手渡そうとするが、その人は遠慮する。声をかけた女性は、4人の子供連れだった。あの日、弟を亡くしたという。

   私と話していた女性が、「あなたのお子さんたちが、叔父さんに花を捧げられるように」ともう1度、バラを差し出すと、女性は笑顔で受け取った。

   胸に夫の写真をプリントしたTシャツを着た女性(68)は、あの朝、テロが発生した後、夫から電話があったという。世界貿易センタービルの84階にいた。

「今からオフィスを出る。下に降りたらまた、電話するから」

   しかし、電話はなかった。遺骨も遺品も見つかっていない。

   女性は毎年、この日はここを訪れるという。

「辛いけれど、ここにいると、心が落ち着くの」 

「テロは内部犯行」と訴えるリバタリアン

   ステファニー(29)は、4歳と1歳半の子供を連れてきていた。たった1人の兄(当時20歳)を失った。大学を卒業し、世界貿易センタービル内の銀行でインターンをしていた。 

   10歳だった女性はあの朝、現場から程近い学校の窓から、煙が立ち込めているのを不思議な思いで見たという。何が起きたのかは、わからなかった。その後、母親が慌てて学校に迎えに来た。

「その日はまだ希望を持てた。兄は帰ってくる、と信じていた。でも、2日、3日と過ぎていって、だんだん希望が薄れていった。ついに2週間後、遺骨も遺品もないまま、弔ったの」

   そう言いながら、女性は泣き出した。

   「いろいろ尋ねてくれて、ありがとう(Thank you for asking.)」と女性は私に言った。

   遺族に声をかけるのは、いつもためらわれる。でもほとんどの人がステファニーのように、「話すたびに少しずつ心が軽くなっていく」などと逆にお礼を言ってくれる。

   私と話す遺族の声が、すぐそばで大声で呼びかける男性の声に、たびたび、かき消された。同時多発テロは「内部の者による犯行」だと訴えている。

「救助のために現場にいた消防士たちは、真実を知っている。十分な証拠もある。年金や家族や自分の命を守るために、沈黙していたけれど、ついに立ち上がったのです」

   この男性は活動家で、建築業に携わっているという。

「だから、建物のことはよくわかっている。飛行機の激突で、あのような崩れ方はしない。トランプは、ビルを崩壊させたのは誰なのか、調査すると言いながら未だにはっきり示していない。民主党、共和党、どちらも汚い。二大政党制は、完全に腐敗している。バイデンにもトランプにも投票するつもりはない。僕はリバタリアン(自由至上主義者)だ」

NYも星条旗で彩られる日

   同時多発テロが起きた時、米国で急激に愛国心が高まった。19年経った今も、この日の跡地は星条旗で彩られ、愛国の精神を強く感じる。343人の消防士、72人の警官が殉職。式典には毎年、多くの警官や消防士が参列し、跡地前の消防署でも厳かな儀式が行われ、米国愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル」などのバグパイプ演奏が繰り広げられる。

   跡地に作られた慰霊碑は、四方から水が流れ込む巨大なプールのようになっていて、外壁に犠牲者の名前が刻まれている。そこには花や犠牲者の写真、星条旗などとともに、中央に細く青い横線の入った白黒の米国旗(Thin Blue Line Flag)が添えられる。これは、警察などの法執行機関の職員への支持を表す旗で、殉職した警官への追悼の意がある。

   ジョージ・フロイド氏の事件をきっかけに、警官による黒人男性への暴力を訴え、「ブラック・ライブズ・マター」運動が大きなうねりを見せた今年。民主党支持者が極端に多いニューヨークなどではとくに、堂々と掲げることが躊躇されるこの旗も、この日この場所では悠々と翻る。この旗をあしらったマスクやTシャツ姿の人たちも見かけた。

   犠牲者の名前の刻まれた追悼碑の前に、遺影と星条旗などをあしらった大きなサインを立てかけ、その前にすわり込み、じっと遺影を見つめている男性がいた。事件の翌年を除き毎年、この日にはコネティカット州から車で2時間かけて、妻と訪れているという。

   テロで亡くなった遺影の男性(同時26)は大学が休みになると、コネティカット州にやってきて一緒に仕事をしたという。

   夫婦はこの朝、別の追悼式典に参加した。殉職した消防士をたたえる非営利団体「トンネル・トゥー・タワーズ」が、式典で録音を使うことに強く反発し、テロ跡地から数ブロック離れた公園で開いた式典で、約140人の遺族らが参列。犠牲者の名前をその場で読み上げた。

「ここではブラック・ライブズ・マターは相応しくない」

   私たちが木陰に移動して話していると、通りかかったユニフォーム姿の男性が話しかけてきて、話の輪に加わった。元消防士だという。

   今回は彼らの声をほとんど紹介できなかったが、「ここで政治の話なんかしたくないけれど」と断りながら、意気投合して民主党支持者を批判していた。

   彼らは「サイレント・マジョリティ」である自分たちの勝利、トランプ大統領の再選を信じている。

   元消防士が、「さっき、『ブラック・ライブズ・マター』のTシャツを着たやつがいて、『ここでそれは相応しくない』と誰かが声をかけたらしい。やつらはマルクス主義の組織で、黒、白、ピンク、黄色、皮膚のどの色とも無関係さ」

   すると、コネティカット州の男性が言い添えた。

「しかも、ここは政治なんかを持ち込む場所じゃない。ここで殺された人たちを追悼する場所だ」

   コネティカット州の男性は私に、「君はメディアだから、トランプ支持者の僕らの発言を、都合のいいようにねじ曲げて書くんだろ。メディアは信用できない」と何度か言った。

   私はこの連載を通して、日本ではあまり報じられないトランプ支持者の声も、なるべくそのまま取り上げるようにしていると伝えた。

   彼はなかなか信用しようとしなかったが、ついに笑顔になり、「これからすぐそばのアイリッシュ・パブに飲みに行くから、一緒に来ないか」と元消防士と私を誘った。毎年、恒例だという。

   ニューヨークではコロナ対策で、店内での飲食は禁止されているため、パブの外のテーブルには、式典に参加したユニフォーム姿の警官や消防士らが群がっている。マスクをしている人は、1人もいない。

   彼はビールを1杯、おごってくれた。

   その夜、WTC跡地近くから、上空へ高く伸びる2筋の青い追悼の光が灯された。100キロメートルの距離からでも確認できる明るさだという。

   スタッフのコロナ感染防止を理由に、この恒例のライトアップは当初、中止と発表されたが、遺族や市民から実施を求める声が高まり、実現した。

   同時多発テロによる犠牲者は3000人、そして19年後の今年、全米のコロナによる死者はそれを遥かに超え、20万人に迫っている。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。