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菅首相とインドネシアの「5年前の因縁」 初外遊で「高速鉄道」問題に新展開あるか

   菅義偉首相が首相就任後初の外遊先に選んだベトナムとインドネシアでは、東シナ海と南シナ海で台頭する中国を念頭に、「自由で開かれたインド太平洋」構想での協力を確認する見通しだ。2020年10月19日にベトナムのフック首相と会談したのに続いて、20日にはインドネシアのジョコ大統領との会談に臨む。

   インドネシアは15年、日本と中国が受注を競っていたジャワ島の高速鉄道について急に条件を変える形で中国側の提案を採用し、官房長官だった菅氏がジョコ大統領の特使に対して「まったく理解することはできない。極めて遺憾だ」などと厳しく非難した経緯がある。その後、高速鉄道の建設は遅れ、日本を再参画させるべきだとの声も浮上。日本は振り回される形になっている。菅氏のインドネシア訪問で、事態が動くかも焦点だ。

  • ベトナムとインドネシアに向けて出発する前に取材に応じる菅義偉首相(写真は首相官邸ウェブサイトから)
    ベトナムとインドネシアに向けて出発する前に取材に応じる菅義偉首相(写真は首相官邸ウェブサイトから)
  • ベトナムとインドネシアに向けて出発する前に取材に応じる菅義偉首相(写真は首相官邸ウェブサイトから)

日本案不採用伝えに来た大統領特使に「まったく理解することはできない。極めて遺憾」

   ジャワ島の高速鉄道は、首都ジャカルタと西ジャワ州バンドンの約140キロを結ぶ計画。15年3月にジョコ大統領が来日した際、安倍晋三首相(当時)は高速鉄道整備のために約1400億円の円借款供与を表明したが、15年9月初めに、インドネシアは高速鉄道の計画自体を白紙にし、より費用が安い「中高速鉄道」にすることを表明。9月中旬には中国側が新たな提案を提出し、9月末にはインドネシアが中国案の採用を決めていた。

   当時官房長官だった菅氏は、一連の経緯に強い不快感を示していた。インドネシアのソフィアン国家開発企画庁長官が15年9月29日、ジョコ大統領の特使として首相官邸を訪れ、日本案の不採用を菅氏に伝えた。菅氏はこの日行われた定例会見で、面会の様子を説明。終始不快感を隠そうとしなかった。

   菅氏は

「日本は『実現可能な最良の提案』を行ったが、日本の提案が選ばれなかったことは、きわめて残念だと考えている」

と所感を述べ、インドネシア側の説明について

「当初インドネシア政府側から『本件(高速鉄道)事業の見直しをして、(これまでの『高速鉄道』とは違う)中高速鉄道として実施する事業を作成し、日本を含む各国企業のその内容を提示して、参加機会を公平に提供する』という説明があった。しかし今回、その方針が急きょ変更されて、『インドネシア政府として、中国提案を歓迎することになった』という説明に来た」

と述べた。その上で、

「そうしたことについて『まったく理解することはできない。極めて遺憾だ』、そういうことを私から率直に伝えた」

とした。

中国案は「うまくいくかというのは、極めて厳しいと思いますよ?」

   インドネシアが採用した中国案は

「インドネシア政府の財政負担や債務保証をともなわずに事業が実施できるとの新たな提案」

で、菅氏はこの提案について

「我が国にとっては全く考えられない提案」
「まったくそういう条件で、我が国として臨むことはできない」
「全く常識として考えられない。国家として、国民に責任を負わなけりゃまずいわけですから」

などと繰り返した。インドネシアが「全く常識として考えられない」提案を採用してしまった事への所感を求められると、吐き捨てるように

「そこが現実的にうまくいくかというのは、極めて厳しいと思いますよ?今までもそうした例が何カ所もあるんじゃないでしょうか」

と述べていた。

   実際、工事は遅れに遅れている。15年時点では15年に着工し19年に開業する計画だったが、起工式が行われたのは16年1月。20年9月時点の現地報道では、完成は23年にずれ込む見通しだ。ジャカルタ・ポストによると、ハルタルト経済担当調整相は20年5月30日にオンライン会見で、ジョコ大統領が

「経済性を高めるために路線をバンドンで終わらせるのではなく(第2の都市)スラバヤまで延ばし、共同事業体に日本を加えることを指示した」

ことを明らかにするなど、事態は混迷を深めている。

日本は別の「在来線高速化計画」に署名

   高速鉄道計画とは別に、日本とインドネシアは19年12月、ジャカルタとスラバヤを結ぶ約730キロの在来線を高速化するための基本計画に署名している。中国が受注した高速鉄道計画では新たに路線を建設するのに対して、日本が携わる高速化計画では、すでにある路線に新車両を導入したり、設備を改良したりする。

   日本が一度は撤退した「高速鉄道」と、日本が高速化を進める「在来線」は線路の幅も運行システムも異なるため、事業を一本化するのはきわめてハードルが高い。

   5年前の出来事はインドネシア側の記憶にも刻まれているようだ。インドネシアのテレビ局「SCTV」のニュース番組「ラプタン6」のウェブサイトでは、「菅首相が米中よりインドネシアを好む7つの理由」と題した記事を10月18日に掲載。記事では、高速鉄道の件を念頭に

「5年前、菅義偉氏はインドネシアに落胆した」
「なぜ(初外遊が)ベトナムとインドネシアなのか。さらに、後者は、かつては菅氏に不快な印象を与えている」

などと指摘しながら、米国、中国、韓国の訪問が今の日本にとって優先順位が高くないことを説明した。

(J-CASTニュース編集部 工藤博司)