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NHK受信料が「一転値下げ」 その本気度と政治的背景

   NHKの受信料が値下げされる。国民にとってありがたい話だが、結構複雑な政治的背景もあるようだ。

   インターネットとの競合とテレビ離れ、景気低迷などが相まって広告収入が減少する民放の経営は厳しい状況にある。これに対して安定的に受信料収入が得られるNHKが「殿様商売」をもはや許されないのは当然だ。他方で、民放のように営利を追わなくていいだけに、良心的な質の高い番組が作れるのは、国の文化という意味でも重要だという指摘もある。さらに、前の安倍晋三政権時代から強まった報道への権力の介入問題は菅義偉政権にも引き継がれ、NHKの独立性は国民的なテーマであり続けている。こうした複雑な要素が絡むNHKのあり方、経営、そしてその一端としての受信料問題ということになる。

  • NHKの改革の行方が注目されている。
    NHKの改革の行方が注目されている。
  • NHKの改革の行方が注目されている。

菅首相が施政方針演説で言及

   今回決まったのは2021~23年度のNHKの中期経営計画で、21年1月13日に発表された。ネットも活用した「公共メディア」として、いつでもどこでも放送やサービスを最適な媒体を通じて届ける「新しいNHKらしさ」を追求し、構造改革を徹底して「スリムで強靱(きょうじん)な新しいNHK」を目指すことを目標に掲げた。

   計画の中で、受信料値下げは年間事業規模の1割に当たる約700億円規模で、23年度に実施することを打ち出した。原資は、番組経費や営業経費の削減のほか、東京都渋谷区で進む新放送センター建設計画の抜本的な見直し、剰余金を値下げのため積み立てる仕組みを導入して捻出する。当面は、20年度末で1450億円と見込まれる剰余金を活用することになる。

   経費節減ではチャンネル削減にも踏み込み、23年度に「BS1」と「BSプレミアム」のBS2K放送を1チャンネルに統合、ラジオはAMの「第1」と「第2」を一本化し、2025年度にFMとあわせて2波にする方向、「BS8K」は東京五輪後にあり方を検討、これらによって3年間で700億円規模の事業支出を削減するとした。

   実際の値下げは、全体で1割程度になるわけだが、地上契約1225円、衛星分945円を含めると2170円(いずれも口座振替・クレジットカード払い、月額)から一律ではなく、高止まりが指摘される衛星契約に重点を置いた引き下げが検討されている。

   実は、NHKが20年8月に発表した中期経営計画の原案では、受信料を「据え置く」としていた。これに、NHKの肥大化を懸念する民放から批判が出たほか、菅政権が9月に発足すると武田良太総務相が、コロナ禍が家計を圧迫しているとして再三、受信料値下げを求め、NHKがこれを受け入れた形だ。携帯電話料金などと並び、国民への目に見える成果を急ぐ菅政権のPRポイントの一つとなり、菅首相は21年1月18日の施政方針演説で「1割を超える受信料の引き下げ」と言及し、成果を誇示した。

「本質的な改革」議論を求める声も

   値下げ自体は結構なことだが、半年で既定方針がひっくり返された格好で、唐突と受け止める向きが多く、発表を受けた1月14日の日経朝刊(2面)は「一転値下げ」と見出しに取った。毎日は16日社説で「NHKが自律的に決める問題だったのではないか」と疑問を呈し、朝日28日社説は「釈然としないのは、決定に至る過程に政治の圧力を明らかに感じるからだ。視聴者・国民よりも政権の顔色をうかがうことにきゅうきゅうとするNHKの体質も垣間見える」と批判している。

   視聴者サービスの低下への懸念も強い。例えばBSの内外のドキュメンタリーは評価は高く、AMラジオの語学講座など、視聴者数は必ずしも多くなくても熱心なファンがいる番組は多い。民放にはできないNHKらしさの、いわば源泉だ。

   一方、支出削減に踏み込み不足との批判もある。NHKが再検討に掲げる8Kなどは番組制作のコストの大きさから民放では放送していない。本当に必要かという議論から始める必要があるだろう。

   いずれにせよ、単なる値下げ問題にとどまらず、ネットとでの同時配信などを含め、「これからの時代にNHKはどんな役割を担い、そのために必要な費用を、だれが、どのように負担するのか」(朝日社説)という問題意識をもって、「公共放送として本質的な改革」(日経社説)を議論する必要がある。その際、「公共放送が提供すべき番組は何か。それが、いま問われている。視聴者に納得して受信料を払ってもらうには、コンテンツを通して信頼を得るより他に方法はない」(毎日社説)ことは、言うまでもない。