J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

セキュリティは?もし業者が破綻したら? 議論進む「デジタル給与払い」、期待の一方「問題」も

   現金か銀行口座振り込みでしか受け取れなかった給与が、「○○Pay」といったスマホ決済やプリペイド(前払い)カード、電子マネーなどでデジタルマネーとして受け取れるようになる「デジタル給与払い」解禁の議論が本格化している。この春にも解禁との報道もあるが、問題も多いようだ。

  • 給料日にスマホ決済の残高が増える?(写真はイメージ)
    給料日にスマホ決済の残高が増える?(写真はイメージ)
  • 給料日にスマホ決済の残高が増える?(写真はイメージ)

菅政権が目玉政策に掲げる「デジタル化の推進」

   給料は今でも法律(労働基準法)の上では現金での支給が原則だ。働く人に確実に渡るためというのが理由で、例外として、免許制で厳しい管理体制を持つ銀行や一部の証券会社の口座への振り込みは認められている。

   今回はこの例外に、電子マネーを加えようというもの。厚生労働省の労働政策審議会で専門家による議論がされており、日経新聞は「政府は2020年度中にも給与のデジタル払いを解禁する方針を固め」たと報じている(2021年2月11日朝刊など)。

   なぜ今、デジタル給与払いなのか。近年、フィンテック(金融とITの融合)と呼ばれる新しい技術が発展し、金融以外の業界から金融サービスに進出する事例が相次ぎ、その代表がスマホ決済などで、若年層を中心に電子マネーの利用が広がっている。

   こうした状況の後追いではあるが、菅義偉政権が「デジタル化の推進」を目玉政策に掲げていることもある。ハンコ廃止、マイナンバーカードの普及促進など様々な要素があるが、キャッシュレス化も重要な柱。特に給与は生活の基盤だけに、デジタル給与払い解禁により社会のキャッシュレス化を加速させよう、それがひいては社会全体のデジタル化を促進するという狙いだ。

給与振り込み用の「ペイロールカード」導入が想定

   解禁された場合、具体的にはどんな形になるのだろうか。対象は「資金移動業者」で、資金決済法で、銀行以外で為替取引を業として行うものとして登録されている。コンビニやインターネット、携帯電話などで、国内だけでなく海外へも振り込みや送金ができる。送金の上限は100万円だが、2021年夏から100万円超も認められるように規制緩和される。

   PayPay(ペイペイ)、LINEペイなどスマートフォン決済サービスがイメージしやすいだろう。現状で銀行口座からの振り込み、現金やクレジットカードでチャージして買い物や送金に使っているが、給与が直接電子マネーとして入金されればチャージせずにそのまま使うことができる。実際の作業としては、資金移動業者がプリペイド式の給与振り込み用カード「ペイロールカード」を発行し、企業は銀行など金融機関を経由せずに直接ペイロールカードの口座に振り込む、このペイロールカードを資金移動業者が提供する○○Payなどに結びつける――という方式の導入が想定されている。利用者は、給料日にスマホ決済の残高が増えるということだ。

   これが利用者の利便性を高めるのは間違いない。まず、ATMで現金を引き出す手間が減る。スマホ決済と銀行口座の間のお金のやり取りでは特定の銀行しか使えないものもあり、スマホ決済の方に直接給与が振り込まれれば便利だ。また、銀行口座開設のハードルが高い外国人労働者には報酬受け取り手段として有難いだろう。日雇いやアルバイトなどの非正規労働者も、働いてから給与を受け取るまでの時間短縮など利便性が向上すると期待される。他方、支払う企業側も、銀行への振り込み手数料の節約が期待できそうだ(もちろん、資金移動業者の手数料による)。企業、利用者を通じて、資金移動業者のキャッシュバックなどの特典を享受できる可能性もある。

資金移動業者が破綻したらどうするか

   だが、良いこと尽くめというわけではなさそうだ。まず、セキュリティ。犯罪者との攻防はエンドレスに続くが、2020年秋に発覚した電子決済サービス「ドコモ口座」を通じた銀行預金の不正引き出し事件のため、今回のデジタル給与払いの議論が一時ストップした。金融庁は不正発生時の被害補償の義務付けに動くが、具体的に各業者の対応は不明だ。

   銀行との関係も問題をはらむ。厚労省が、全額でデジタル振り込みではなく、銀行口座振り込みとの併用を想定しているが、それも銀行との問題をにらんでのこと。

   最大のポイントは、資金移動業者が破綻したらどうするか、ということだ。銀行など金融機関は、破綻に備えた預金保険制度があり、預金者の預金は元本1000万円までが保護される。金融機関はそのために、保険料というコストを負担しているし、厳しい自己資本規制も課されている。

   資金移動業者は供託などで利用者の資金の全額を保全しなければならないが、取扱額が日々変動していることから、タイムラグが生じ、経営破綻時に保全額が十分ではないこともありえる。払い戻せる場合でも、金額の確定までに半年程度かかるとされる。この点について厚労省は、保証会社や民間保険会社と契約することで、仮に破綻しても数日で給与の支払いができるようにすることなどを検討しているというが、それで十分かはわからない。

   もっと根源的な問題もある。金融機関の預金との境界のあいまいさだ。資金移動業者に滞留する資金は短期で決済に使われるのが普通だが、見かけ上は預金と変わらないし、中には、長期滞留する資金もある。資金移動業者は利息を付けてお金を預かることは禁じられているが、2020年12月、資金移動業者「Kyash」(東京都港区)が「チャージ残高に年利1%のポイント付与」を発表し、「事実上の預金」と大騒ぎになった。

   同社はサービス開始前日に実施を見送り、ひとまず収まったが、ポイント付与やキャッシュバックは資金移動業者の常とう手段で、デジタル給与払いが解禁され、争奪戦になった時、例えば振り込み額に応じたポイント付与などのサービス合戦が起こらないとも限らない。それは許容されるだろうか。 こうした様々な課題が山積するだけに、デジタル給与振り込みが厚労省の思惑通り年度内に実現するか、予断を許さない。