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「描いてもらうからには対価が伴うべき」 今や月間取引3億円...Skeb創設者が語るクリエイター地位向上への挑戦

   イラストコミッションサービス「Skeb(スケブ)」をご存じだろうか。ファンが金銭を払ってクリエイターに即興で好きなものを作ってもらう「コミッション」という文化をサービス化したもので、好きな作家に「投げ銭」感覚でリクエストを行うことができる。

   2021年6月1日には、期間限定ではあるがサービスの手数料を完全無料化すると発表した。つまり5000円のリクエストを取引すると、クリエイターの銀行口座にそのまま全額入金されるのだ。この太っ腹ぶりにツイッター上では「どこで利益を得てるんだSkeb運営」「クリエイターファーストの精神、すごい...!」といった驚きの声が広がった。

   このサービスを運営する株式会社スケブ(東京都千代田区)の社訓は「作家とともに歩む」。同社代表取締役の喜田一成さんは、クリエイティブ環境の課題に取り組んできたことで知られている。

   J-CASTニュースは2021年6月7日、喜田さんを取材し、「クリエイターファースト」の精神に迫った。

  • 取材に応じてくれた喜田一成さんのアバター
    取材に応じてくれた喜田一成さんのアバター
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「利益出すぎていたのでクリエイターさんに還元しよう」

   期間限定のものとはいえ、手数料完全無料化はSNS上で大きな話題となった。実施に至った経緯は、かなり突発的なものだった。

「テキスト(小説)リクエストの対応も実装する予定だったので、思い切って同時に実施しました。思いついたのは開催2日前です。 ちょうど弊社は7月が決算で、税理士さんからのレポートを見ていたら、利益が出すぎていました。そこで、クリエイターさんに還元しようと思いました」(喜田一成さん、以下同)

   これまでも条件付きの無料化は実施してきたものの、今回は条件もなく思い切って全て無料にしてみたそうだ。

   喜田さんは、「こんなに反応あると思ってなくって、当日サーバーへのアクセスも15倍くらいになりました」と話す。想定以上の反響を経てサーバーを増設したそうだ。クリエイターの登録者数も増大した。ニュースによってSkebを知った人や、小説リクエストを受注したかった人々が殺到したものとみている。

   こんな思い付きを即座に実施できるのは、喜田さん一人で立ち上げたサービスであるためだ。

   喜田さんは2018年11月30日に一人で「Skeb」を展開。するとクリエイターに有利な条件などが話題を呼び、2021年6月現在までに約6万人がクリエイター登録をした。総登録者数は120万人を超え、月に約3億円が取引される日本最大級のコミッションサービスとなっている。

   サービスが拡大してきたことを受け2021年2月12日、喜田さんは運営会社である「スケブ」の全株式を老舗出版社「実業之日本社」に10億円で譲渡し、同社の子会社とした。現在は子会社化に伴う手続きが行われており、手数料完全無料化はこの手続きが終了するまで実施予定としている。

クリエイターの抱える課題を解決したかった

   Skebの元となった「コミッション」という文化は海外で広まっていたものだが、日本にもそれに近いものがある。趣味で制作した本を売買するイベント・同人誌即売会で見られる「スケブ」文化だ。作家が購入者の持ち込んだスケッチブック(通称スケブ)にお礼として即席の絵を描いてくれることがある。

   ただしこの文化には問題点があると喜田さんは指摘する。

「スケブ文化の問題点は、無料であることです。金銭の授受がなく、本を購入していないのにもかかわらずお礼の範疇を超えた要求をする人も現れました。私は描いてもらうからには、サービスではなく対価が伴うべきだと考えました」

   そこで喜田さんは、クリエイターに有償で好きなイラストや音声をリクエストできるサービス「Skeb」を生み出した。将来的には、同人誌即売会における「スケブ文化」よりもサービスの方が知られるようになり、有料を前提とする文化に上書きしたいと意気込む。

   喜田さんがこうしたクリエイターの制作環境に興味を持ったのは、高校生の頃だった。福岡県出身の喜田さんは大学に通うために上京、そこでサブカルチャーの世界に触れた。イラスト投稿サイトなどの運営で知られる「ピクシブ」や、同人誌即売会の申込ページでお馴染みの「Circle.ms」を運営する「コサット」でアルバイトをしながら、自身も同人活動を行っていた。

   こうしたコミュニティで漫画家らと交流する中で、クリエイターを支援したいという思いが生まれ、「ニコニコ動画」の運営などで知られるドワンゴに入社した。その後DMM、パーソルキャリアと職を転々としたものの、自分の裁量でものを決められるようにしたいと2016年2月から個人事業を開始。「ドージン・ドット・タックス」というクリエイター向け税務相談サービスを立ち上げ、作家が創作活動に打ち込める環境づくりに取り組んだ。

「漫画家さんたちからは、創作活動だけに集中したいけど、日本で活動するには手間のかかることが多いという話をよく聞いていました。また私の関わりのある漫画家さん含め個人事業主の方は、年金や保険を払っていない、確定申告もしてないといった人が多かった。保険料を払ってないから病院にもかかれないという人もいました。
漫画家さんの急逝が頻繁にニュースになっていることもあり、彼らの福利厚生をどうにかしたいと思いました」

「Skebによってクリエイターの地位は間違いなく向上しました」

    それでは喜田さんは、Skebを通してクリエイターに何を提供したのか。喜田さんはクリエイターの地位向上に努めたのだと話す。

「Skebによってクリエイターの地位は間違いなく向上しました。クリエイターさんたちから感謝の声も寄せられるし、私自身も肌でそう感じています。実際、ソーシャルゲームの制作会社などイラストを受注する会社が、Skebの金額を見てクリエイターさんを選んでいるというのも知っています。
想定していたことですが、Skebのルールを踏襲した後発のサービスも増えています。これによって、リテイクや打ち合わせなし、商業利用禁止という条件でのリクエストは3000円以上からというのが当たり前になった。結果、クリエイターの相場が上昇しました。
今後、依頼を受けるクリエイターは、この相場の上にリテイク数や打ち合わせに応じて加算した額を請求できます。つまり案件を受ける際の交渉の材料が増えたと考えられます。また条件の悪い案件を受けるくらいならSkebなどでリクエストを受けたほうがいいという、選択肢を増やしたことにもなります」

   またSkebを運営することで気づいたこともあるという。

「Skebを通して学んだことは、クリエイティブの現場において相場が下がる、デフレが起こる原因はクリエイターに自信がないことによるのだと気づきました。クリエイターさんから一番多い要望は、10円から依頼を受注させてほしいというものです。上手い方が10円で募集してしまった場合、ほかの方も値段を下げざるを得なくなります。なぜそんな安価で売ろうとするのか尋ねると、『自信がない』という答えが返ってきます。
私はSkebを通して、自分の技術でお金がもらえるのだという自信と成功体験を提供したいと思っています」

子会社化で「Skeb」はどう変わる?

   運営会社である「スケブ」が実業之日本社になったことは、クリエイターたちにどう影響するのだろうか。喜田さんによれば、子会社化してもなお、運営や企画については喜田さんの裁量に任されているという。そのため大きな方針に変更はない。むしろ、クリエイターにとっても利益があるのだという。

「今までは私が急病などで動けなくなった場合、サービスが停止する可能性がありました。月間数億が宙ぶらりんになりうる状況は、クリエイターにとって安心できる状況ではありません。しかし今は老舗の出版社の子会社となることで、そこが保証されました」

   これまで「スケブ」の社員を雇ってこなかったのは、万が一サービスが続けられなくなってしまった際に、従業員の人生を支えられないと考えたためだとしている。しかし子会社化した現在は、親会社に社員を託すこともできると考え採用活動を開始した。

    求めるのは「1人でウェブサービスを作れる人」。少数精鋭であるため、サブカルチャーへの造詣が深くありながら開発も運用も行える「フルスタックエンジニア」を求めている。また職権濫用などを防ぐため「クリエイターの熱狂的なファンでないこと」も必須条件としている。

   既に喜田さんのドワンゴ時代の同期が入社しており、新たなサービスの展開も急ピッチで進められている。喜田さんは今後も多様なクリエイターの課題に挑んでいくと意気込んでいる。

「優秀なエンジニアも入ったので、6月末にはSkebで音楽や動画をリクエストできるサービスを実装予定です。クリエイター側の主なターゲットは、ライブ活動ができなくなってしまったアーティストや動画配信者、VRを用いたSNSを楽しんでいる人々です。
音楽や動画機能は、有料の質問箱のようなものとして活用されることを想定しています。クリエイターへの質問を、動画や音声で返事してもらうことができる。
リアルイベントでの収益がなくなった人々、収益を得る手段が少なかったVR SNSで活躍する人々の収益手段になると思います」