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菅首相「読み飛ばし問題」の本質 前広島市長が指摘「彼の心はそこになかった」

   広島への原爆投下から76年となる2021年8月6日、広島市の秋葉忠利・前市長がオンライン会見に出席し、菅義偉首相が平和記念式典であいさつの原稿を一部読み飛ばした問題に言及した。

   秋葉氏は、読み飛ばし自体は「ミス」だとみる一方で、安倍政権ではほとんど同じ内容のあいさつが毎年のように使い回され、広島と長崎の式典でも内容がほとんど変わらない問題を指摘。「読み飛ばすかそうでないか、の問題ではなく、重要なのは、彼の心が単にそこになかった、ということだ」として、政権が被爆地に関心を寄せていないことを批判した。

  • オンライン会見に臨む広島市の秋葉忠利・前市長(写真は日本外国特派員協会の配信動画から)
    オンライン会見に臨む広島市の秋葉忠利・前市長(写真は日本外国特派員協会の配信動画から)
  • オンライン会見に臨む広島市の秋葉忠利・前市長(写真は日本外国特派員協会の配信動画から)

安倍政権から絶えない「コピペ批判」

   記者会見は日本外国特派員協会が開いた。秋葉氏が原爆の日に合わせて、東京五輪の選手らに黙とうを呼びかけるように国際オリンピック委員会(IOC)と大会組織委員会に求めたことがテーマ。記者からの質問に応じる形で、読み飛ばしの問題に言及した。

   秋葉氏は、首相あいさつのあり方について

「首相あいさつは、例えば安倍政権では、みんなから激しく批判されていた。なぜなら、基本的には広島と長崎で同じスピーチを繰り返してきたからだ」

と指摘した。首相スピーチをめぐっては、毎年内容はほとんど変わらない「コピペ」だとの指摘が絶えず、毎日新聞の調べでは、20年は広島と長崎で内容の93%が一致していた。

   さらに、あいさつの「あるべき姿」について

「悲惨な形で戦争の犠牲になった人を本当に慰霊しようとするならば、そんなこと(原稿の使い回し)はしないだろう。しかも犠牲者の多くが一般市民だった。もし心があるのであれば、人々の生死や苦しみ、現地で起こったことに心を致すはずだ」
「もし心があるのであれば、多くの死者に対して向けられるスピーチでは、自らの気持ちや、心からのお悔やみの言葉が示されるはずだ」

などと述べた上で、「しかし、それは起こらなかった」。今回の事案は、単に「読み飛ばし」の問題ではなく、さまざまな事柄への菅氏の無関心が反映されているとみる。

「読み飛ばすかそうでないか、の問題ではなく、重要なのは、彼の心が単にそこになかった、ということだ。戦争犠牲者への関心がないし、新型コロナ感染で日本人に何が起きたかにも関心がない。台風や地震災害、その他のことでも同様だ。スピーチには、悲劇、悲しみ、今後人々にもたらされる痛みを自分の言葉で共有するという感覚が全くない」

「日本の政治と政治家の貧困と低レベルを表している」

   さらに、政治そのものの貧困を象徴する出来事だとの見方も示した。

「仮に読み飛ばしたとしても、共感や同情、未来への希望を、その場で自分の言葉で加えて語ることはできたはずだが、それも行われなかった。これが、日本の政治と政治家の貧困と低レベルを表している」
「首相は単に官僚的業務のために(式典に)やって来るのであって、それ以上のものは何もない」

   菅氏のあいさつには、20年の安倍氏のあいさつと比べて(1)新型コロナ対策への決意(2)首相就任直後の国連総会での発言(3)いわゆる「黒い雨訴訟」上告断念、に関する記述が新たに盛り込まれた。首相官邸ウェブサイトのあいさつをカウントする限りでは、文字数も300字近く増えている。

(J-CASTニュース編集部 工藤博司)