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乃木坂46が「舞台」で育んだ「ブランド」 坂道登って10年の演劇開拓史

   2021年で結成10周年、11年目に入る乃木坂46は芸能界の多方面で活動を切り開いてきたが、グループの歴史の中で顕著なのが舞台演劇への進出だ。

   結成当初から舞台経験を積む機会に恵まれ、卒業生・現役メンバーともに舞台で活躍する人材を輩出。演劇志向の強さはグループカラーの一つともいえよう。グループの舞台歴を論じた評論「乃木坂46のドラマトゥルギー」などで彼女たちの演技に注目してきたライターの香月孝史さんの解説とともに分析を試みた。

  • グループの中でも生田絵梨花さんは特に舞台・ミュージカルへの出演歴が多かった
    グループの中でも生田絵梨花さんは特に舞台・ミュージカルへの出演歴が多かった
  • グループの中でも生田絵梨花さんは特に舞台・ミュージカルへの出演歴が多かった

素人が初めて演じる公開オーディション「16人のプリンシパル」

   2021年一杯で卒業する生田絵梨花さん、初代キャプテンで現在女優として活動中の桜井玲香さんのようにミュージカル界で主要役を演じる人材も現れたのが乃木坂46であるが、結成時点で「演劇に挑む」という土壌の一端はあった。繰り返し演じられてきた舞台企画「16人のプリンシパル」である。2幕構成で第1幕は舞台上で観客がメンバーをオーディションし、幕間の観客投票で2幕の配役が決まるという即興性の強いものだった。公演によって内容は異なるが、1幕で課せられる課題は芝居とは無関係の自己PRもあれば、台詞やコントに挑むこともある。

「2011年夏に初のオーディションが行われていた時点で、秋元康さんが舞台上での公開オーディションという構想を持っていました。秋元さんは若い頃の記憶として、つかこうへいさんの舞台作品についての憧れを時折、口にしています。そうした小劇場の空気感や、あるいはまた常設劇場的な発想が表れたのが、秋葉原のAKB48劇場だったといえます。当初『公式ライバル』とされた乃木坂46の場合、劇場機構ではなく上演内容として、演劇性が託されていたように思います。同時に、AKB48でもみられた、ファンによる投票行動を交えたコンテンツのあり方や、あるいはミュージカル『コーラスライン』のような群像劇的要素も『16人のプリンシパル』にあったのではないでしょうか」(香月さん、以下同)

   大半のメンバーにとってこれが初めて舞台で演技する経験であり、そのため試行錯誤もあった。「『16人のプリンシパル』は企画の性質上、メンバーが演じる役が固定されていません。そのため、メンバー側も特定の役に備えた練習ができないデメリットがありました。再演以降は1幕の時点で立候補する役が決まっているようになりましたが、公演を通じて役柄が決められていないという構造上の困難は以降もついてまわります」

   2014年で一旦上演を終えた「16人のプリンシパル」は17年2月に前年加入した3期生のみで「3人のプリンシパル」として上演、19年4月にも前年9月加入の4期生により上演され、メンバーが加入後初めて経験する伝統の舞台となりつつある。現在オーディションが進行中の5期生もゆくゆくは経験するのではないだろうか。

「じょしらく」のインパクト

   香月さんが転機になったと考えるのが2015年の活動で、同名マンガの舞台化作品「じょしらく」(2015年6月)、戯曲「すべての犬は天国へ行く」(15年10月)である。前者は乃木坂のメンバーが5人の登場人物を3パターンの配役で演じる公演で、後者は「殺し合いの果てに、男が一人残らず死に絶えた西部の古びた居酒屋」を舞台に展開されるシリアスな群像劇だ。こちらには生駒里奈さん・伊藤万理華さん・井上小百合さん・斉藤優里さん・桜井玲香さん・新内眞衣さん・松村沙友理さん・若月佑美さんが出演した。

「『じょしらく』は落語家たちが登場人物ですが、劇中で彼女たちの自己認識が"落語家"と"アイドル"との間でゆらぎ、また後半では劇中劇的に話の設定が反転する、複層的な構造をもつ舞台でした。マンガのキャラクターを舞台で演じるにとどまらない難しさがあったと思います。
『すべての犬は天国へ行く』はナイロン100℃が初演した戯曲ですが、共演するグループ外の俳優たちとメンバーとの間に主演/助演のような差異もなく、スターシステムではない群像劇でした。外の空気にさらされながら共演者と渡り合うスキルを求められた、当時のメンバーにとってはハードルの高いものだったのではないでしょうか」

   経験を積んだメンバーはグループ外の俳優と共演し、主要役を演じる機会も増えていく。2016年は桜井さんと若月さんの役替わり主演による「嫌われ松子の一生」、1・2期生8人がメインキャストの「墓場、女子高生」が上演、この舞台に出演したメンバーでは樋口日奈さん・新内眞衣さん・鈴木絢音さんが現役メンバーである。「嫌われ松子の一生」は映画化・ドラマ化もされたが、男に翻弄されながら底辺をはいずり回る女のストーリーを演じる作品になった。

   また2014年には生田絵梨花さんがミュージカル「虹のプレリュード」で舞台初主演の機会を得る。これは手塚治虫さんの同名マンガの舞台化作品で、主人公が男装のピアニストという生田さんのバックグラウンドを意識したかのような役柄だった。その後「ロミオとジュリエット」(フランス版を潤色)「レ・ミゼラブル」(東宝版)など大劇場の興行にも出演し、2021年現在ミュージカル界の若手スターとなっている。「レ・ミゼラブル」では既にコゼット(2017-19)、エポニーヌ(2021)と主要キャストに名を連ねている。

   ミュージカル、ストレートプレイ、2.5次元と、複数の演劇ジャンルでメンバーが経験を積む道筋が整えられていった。当時舞台出演が多かった桜井さん・井上さん・若月さん・能條愛未さんらは卒業後も主要役・脇役どちらでも舞台を固める機会が多い。

「じょしらく」「嫌われ松子の一生」などで演技の幅の広さを見せた若月佑美さん
「じょしらく」「嫌われ松子の一生」などで演技の幅の広さを見せた若月佑美さん
「アイドルとは、演技やモデル・バラエティ・音楽など、いくつものジャンルを越境しながら活動していく特性を持っているため、その中でいろいろな途を模索していくことができます。乃木坂46ではその中に演劇という道がこの2010年代中盤から見えてきたと思います」

3期生・4期生も続く

   2016年頃までの舞台歴で経験を積んできたのは1・2期生だったが、3・4期生も続いた。前出の「3人のプリンシパル」を17年2月に演じた3期生は、10月に3期生全員でメインキャストを演じる舞台「見殺し姫」を上演、原作のない完全オリジナル芝居であった。全員で出演する舞台はここまでだが、その後も個別に継続して舞台に出るメンバーが現れる。

   久保史緒里さんが上級生の衛藤美彩さん・伊藤純奈さんと共に「三人姉妹」(2018年2月)でトリプル主演に抜擢、2021年も同名小説の舞台化作品「夜は短し歩けよ乙女」(6月)でヒロイン役を務め、文芸作品での活躍が目立つ。

「『夜は短し歩けよ乙女』では久保さんの歌唱力や発声の強さが発揮され、存在感が大きかった舞台でした。先輩メンバーの切り拓いた道を継承しながら、3期生・4期生もキャリアの早期に舞台で大きな役を経験するようになっています。グループとして手探りだった活動初期に比べ、演劇に活路を見出すための環境は整ってきました」

   久保さんの同期では中村麗乃さんはシングル選抜経験は無いが「SUPERHEROISM」(2020年初演、21年再演)「October Sky-遠い空の向こうに-」(21年10~11月)と近年ミュージカルへの出演機会が多い。2.5次元舞台でもしばしばメンバーが出演し、22年3月上演予定の「フルーツバスケット」では吉田綾乃クリスティーさんがヒロイン・本田透役で出演することが報じられた。

   4期生は19年4月の「3人のプリンシパル」以降全員での舞台は無いが、清宮レイさん・筒井あやめさん・早川聖来さんらがその後、加入2年目・3年目から舞台に出ている。

   この間、2018年には芝居ではなくショーで構成された「GIRLS REVUE」を伊藤純奈さん・樋口さん・鈴木さんとグループ卒業後の能條さんの主演で上演している。芝居よりも歌・ダンスをメインに据えた現役アイドルならではのステージを作ることもできた。

「乃木坂46の個々のメンバーが活動を模索していく中で、舞台で活躍するというルートが整うようになった。今日のアイドルグループの中では、最も演劇との距離も近いグループではないでしょうか。もちろん映像やモデルなどをメインに活動するメンバーも多い中で、大きな劇場のミュージカルでもメインキャストに名を連ねるチャンスがある、そういうグループになったと思います」

アイドルができることの可能性を広げた

   本稿で触れたのは舞台歴の一部とはいえ、かくして現役・OGともに演劇カルチャーと密接に関わってきた乃木坂46だが、10年前のグループ結成時点でこのような道筋は予測できただろうか。

「今のようにOGや現役メンバーが舞台で活躍することは、当時からしたら予期せぬ躍進といえるでしょう。グループが活動のビジョンを模索していく中で、メンバー個々の長期にわたる活躍があって初めて築かれてきたものです。
アイドルグループとしての活動と並行しながら舞台で活躍できる人たちを育み、継続的に舞台出演の機会を得られる可能性を見せたことは、乃木坂46の特色といえます。演劇に限らず、坂道シリーズはそのようにしてグループの志向をファン側に示すブランディングも上手かったと思います」(香月さん)

   坂道グループではメンバーがしばしば「坂道を登る」という言葉を使う。今よりも一歩上を目指していく上昇志向を例えたものだが、演劇方面でのこれまでの足跡もそうして開拓され、ファンにも認められてきたものだろう。

【J-CASTニュース編集部 大宮 高史】