2024年 4月 25日 (木)

SNSなりすましで私は仕事を失った 加害者は友人...和解勝ち取った被害者の記録

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   2022年3月、ある女性が苦闘の末に和解を勝ち取った。

   ことの発端は1年半前。自分になりすましたSNSアカウントが開設され、事実無根で侮蔑的な書き込みを複数投稿していた。勤務先からはひどく問題視され、働き始めたばかりだったが辞めざるを得なかった。

   弁護士に依頼して発信者情報開示請求をすると、加害者は友人だと判明した。動機はあまりにも短絡的で自己本位だった。

   「死のうかなってくらい辛かった」と振り返る女性。一部始終を聞いた。

  • 画像はイメージ(写真:當舎慎悟/アフロ)
    画像はイメージ(写真:當舎慎悟/アフロ)
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上司から「これ、あなた?」

「Twitterでなりすましの被害に遭い、私は仕事を失ってしまいました」

   ウェブデザインの仕事に携わる30代の女性Aさんは2021年7月、ツイッターでこう発信した。

   Aさんは大学卒業後に小学校の教員となり、昔から好きだったイラスト制作を仕事にするためフリーランスに転身した。2020年秋には知人の紹介で異業種への転職が決まり、パソコンを買い揃えたり資格取得をしたりと準備に忙しなかった。

   しかし、新生活はすぐに瓦解した。ある日上司に呼び出され、スマートフォンを不意に突きつけられた。「これ、あなた?」。画面には、見慣れないツイッターアカウントが映っていた。なぜか自身の実名、顔写真が登録されている。

   投稿欄をみてあ然となった。「創作活動では食べていけないからファンに春を売ってお金をもらっていた」と受け取れるような、事実無根かつ侮蔑的な書き込みが連なっていたためだ。

   アカウントの開設は、見計らったかのように就職まもない時期だった。勤務先の公式アカウントを唯一フォローしており、ツイートにはハッシュタグで社名まで添えていた。

   会社は過敏に反応し、上司からは雇用継続が難しいと伝えられる。Aさんは自主退職を余儀なくされた。

40万円かけて相手を特定、時間の壁も

   Aさんはなりすました人物を特定するため、弁護士と契約して名誉毀損で発信者情報開示請求を進めた。仕事を辞めてから1週間後の出来事だ。

「開示請求は時間との勝負で、一日二日遅れたらプロバイダー(接続事業者)のログが無くなってしまうことを知っていました。なので起きる気力もなかったですが、弁護士に連絡しないと......という状況でした」

   まずはツイッター社にネットの住所にあたる「IPアドレス」の開示を求め、約1か月で通知があった。次に、プロバイダーに契約者情報を請求し、約7か月後に氏名や住所などがわかった。加害者は、教育関係の友人だった。特定には40万円かかった。

   21年夏に慰謝料約268万円の支払いを求めて民事訴訟を起こし、22年3月に和解が成立。加害者は満額の支払いを認めた。

   訴訟後、相手方からはすぐに和解案が示されたものの、主な争点は被害の公表についてだった。Aさんは「相手を貶める目的ではなく、同じことをする人をなくしたかったからどうしても世に広めたい」との強い思いがあり、最終的には加害者を特定できない形であれば認められると和解条項で定まった。

「生き方があの日から大きく変わった」

   加害者は訴訟中、Aさんから動機を問われ「友人グループの中でAさんが特定の個人をえこひいきしているという感情を抱き、それが気に食わなかった」との旨の回答を書面でしたという。

   身勝手な被害感情はエスカレートし、Aさんの転職を知ると「その職場にふさわしいのかと勝手な疑問を抱くようになり、軽い気持ちで書き込んでしまった」。

   「大変なことをしてしまった」と後悔をつづり、失業につながる可能性については「勝手なことを申し上げれば決してそこまでは望んでいなかった」「ツイッター程度の書き込みであればバレることはないし、仕事を失うこともないだろうと高をくくっていました」と弁明する。

   謝罪の言葉はあったものの、Aさんによれば、プロバイダーからの開示請求に「本人が言っていたことだから嘘をついていない」と拒否していた経緯がある。

   Aさんは「あまりにもされたことがひどいので、私が悪いことをしていなければ帳尻が合わない(と自分を責めてしまう)」「周りの人を今までも大事にしてきたつもりだけど、できてなかったのかな」と涙で声を詰まらせる。「生き方があの日から大きく変わったのかなと思います」。

今でもあの日がフラッシュバック

   当時の精神状況を「死のうかなってくらい辛かった」と振り返る。

「仕事を失った瞬間、足元が崩れていく感じを実際に経験しました。私が今後幸せになったらその瞬間に顔が見えない人が自分を落としてくるんだろうなと思ったり、すべてが敵に見えて友人全員を疑いました。そうした状態なので、友人などもLINEで心配して声をかけてくれたのに『この人はなりすましかも』と反射的に疑心暗鬼になってその場で削除してしまったこともありました」

   今でも、ふとした瞬間に職場を追われた日の出来事がフラッシュバックするという。

「いまお付き合いしている会社さんはみな優しく幸せですが、上司にあたる方と面談する時などには動悸が収まらなくなってしまうことがあります。携帯の画面を見せられて『これあなたのなりすましだよね?』って。『明日から来なくていい』って言われるかもと。そんな時はトイレに行くふりをして深呼吸して気持ちを落ち着かせています」
「私の写真を勝手に使って、色を売っていたといったようなことを書かれたからかもしれませんが、スカートを履いたりお化粧をしたりが怖くなりました。何かが変わっちゃったかもしれませんね。オシャレして外に出ると歪んだ感情を向けられて怖い目に合うんじゃないか......と考えちゃいます。もう戻らないことも色々あります」

「被害者と加害者は表裏一体」

   Aさんは、加害者の身元が判明した段階でこれまでの経緯をツイッターで報告していた。

   毅然と戦うという意思を相手に伝えるとともに、「力尽きるかもしれない」との不安からだった。

「特定までに1年近くかかり、再就職の不安もあり精神的に病んでしまって、解決するまで持たないかもしれない。もし訴訟がうまくいかなかった場合に、インターネットに全てぶちまけてしまう恐れもありました。私は相手の名前も勤務先も知っていて、教育関係者としての職業人生といったら言い過ぎかもしれませんが、それを終わらせてしまうことが出来てしまう。非常に恐ろしいことです。相手と同じようなことをして仕事を失わせてしまうことができる。うまくいかなかった時に、それだけはやっちゃいけないことだと思って、復讐はしませんと公に宣言しました」

   Aさんはツイートで「私は私刑を望みません。自分を正義と思い込んだ時、人は驚くほど残虐になります。被害者と加害者は表裏一体、どちらに転じるのも一瞬です」と自らに語りかけるように呼びかけていた。

「私は教員をやっていたので、子供たちの顔が浮かびますよね。復讐する私をみたら子どもたちはどう思うのかなって。当たり前のことですが、画面の向こうには生身の人間がいますので、みんなで石を投げているから大丈夫というのはないんですよね。そんな悲しいことはしちゃだめですよ」
「でも何年も暮らしていくだけのお金があるわけではないので、すぐに再就職しないといけない。なりすました人物も特定しないといけない。つらかったですが、支えてくれた人もいたんです。悪い方に進まなくて良かった。復讐に燃えずに済んだのは優しい人たちのお陰でもあります。この人たちを悲しませたくないなと思って」

   ツイッターでは「顔が見えない相手に残酷な仕打ちをする人が思いとどまりますように。傷付けられたまま泣き寝入りする人の勇気になりますように。悲しい争いが無くなることを祈っています」とも書き込んでいた。

   今後については「私を見捨てないでいてくれる人を大事にしようと思っています」と話す。

「フリーランスとしてクリエイティブな仕事をしたかったので、自分を信じてくれる人のために頑張ろうと今は活動しています。見捨てないでいてくれた友人もいますし、状況を知って仕事をくれた人もたくさんいた。その人たちの方を向いて生きていきたいです」

(J-CASTニュース編集部 谷本陵)

(2023年3月15日追記:Aさんの申し出により、記事の一部を変更しました)
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