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「インボイス」で年収1000万円超の漫画家も廃業検討...エンタメ団体が悲痛な訴え 「フリーランスだけの問題ではない」これだけの理由

   「インボイス制度」の導入によって、漫画やアニメ、声優、俳優業界では2割以上の人々が廃業する可能性がある――エンタメ系4団体は合同で2022年11月16日、制度見直しを求める記者会見を開いた。

    団体らに対しては「フリーランスの人々だけの話ではないか」「益税を納めるべきだ」といった声が寄せられているというが、声優の有志団体「VOICTION」共同代表の岡本麻弥さんは「誤解がある」と主張する。J-CASTニュースは、登壇者らに取材した。

  • インボイス制度見直しを求める記者会見の様子
    インボイス制度見直しを求める記者会見の様子
  • インボイス制度見直しを求める記者会見の様子
  • 「インボイス制度を考える演劇人の会」の廣瀬綾さん、丸尾聡さん、「アニメ業界の未来を考える会」の植田益朗さん、TRIGGERの大塚雅彦代表、「VOICTION」共同代表の岡本麻弥さん、「インボイス制度について考えるフリー編集(者)と漫画家の会」の由高れおんさん
  • インボイス制度を考える演劇人の会」の丸尾聡さん
  • 「アニメ業界の未来を考える会」の植田益朗さん
  • 「アニメ業界の未来を考える会」の大塚雅彦さん
  • 「VOICTION」共同代表の岡本麻弥さん
  • 「VOICTION」の甲斐田裕さん(超党派議員による公開ヒアリングでの様子)
  • 超党派議員による公開ヒアリング

「多くの業界のフリーランスが増税、収入の減少に耐えられない」

   「インボイス制度」(正式名称:適格請求書等保存方式)は、取引の正確な消費税額と消費税率の把握を目的として2023年10月に導入される予定。定められた期間内の課税売上高が1000万円以下の法人や個人事業主など、消費税の納税義務が免除されている「免税事業者」とその取引先に大きな影響が出るとして、多数の免税事業者を抱える業界から不安の声が上がっている。

   インボイス制度に反対する漫画の業界団体「インボイス制度について考えるフリー編集(者)と漫画家の会」、アニメの「アニメ業界の未来を考える会」、演劇の「インボイス制度を考える演劇人の会」、声優の「VOICTION」は、合同で会見を開いた。各団体の調査の結果、いずれの業界でもインボイス制度の導入によって廃業を検討している人が2~3割程度いることが明らかになったという。

   「インボイス制度について考えるフリー編集(者)と漫画家の会」に所属する漫画家・由高れおんさんは、「いま一度制度の見直し、一刻も早い制度の延期、中止をしてください」と強く訴える。

「インボイス制度を導入すれば、これまで免税事業者だった多くの業界のフリーランスたちが増税、収入の減少に耐えられず、廃業が加速し、日本人の漫画離れや漫画家になっても副業とすることで生活できないそんな業界になってしまうのではないかと危惧しています」

   23年10月に制度が導入されると、原則として売り手と買い手には消費税率を記したインボイス(適格請求書)と呼ばれる領収書の発行もしくは請求する必要がある。しかしインボイスを発行するには、事前にインボイス発行事業者として登録を受け、課税事業者として消費税の申告が必要となる。登録は任意とされているが、免税事業者として登録せずに取引を行うと、買い手が仕入れ税額控除を受けられない。

   インボイス登録をすれば課税事業者となり、消費税を納めたり税理士を雇ったりと金銭的負担だけでなく、事務作業に対する時間と労力を負担することになるという。登録しなければ買い手から取引を打ち切られる可能性があるとして、「VOICTION」共同代表の岡本麻弥さんは「どちらを選んでも豊かになるための未来は決して見えない」と訴える。

   さらには各業界には特有の懸念もある。

影響を受けるのは「年収1000万円以下」の人だけではない

   由高さんによれば、現在の漫画業界は深刻な状況に置かれている。漫画家の主な報酬は原稿料と印税で、人気作家であれば単行本の売り上げの10~15パーセント程度の印税を手にすることができる。しかし原稿料については長引く出版業界の不況のために、ここ数十年にわたりほとんど上がっていないという。

   11月3~10日にかけて漫画業界で働くフリーランスを対象に行った調査では、1275件の回答中、半数以上の年収が300万円未満だったという。1000万円以上の収入があった人は8パーセント以下。インボイス制度導入の影響を尋ねたアンケートでは、「廃業する可能性がある」と回答した人が20.6パーセントだったそうだ。

   特に作画作業を補助するアシスタントの状況はより深刻で、年収が200万円以下の割合は半数を占め、複数の現場やアルバイトなどを掛け持ちしないと生活ができない状況にあるという。

   作家は出版社に対しては売り手だが、アシスタントに対しては買い手だ。作家が仕入税額控除を諦めるか、アシスタントが課税事業者になるのか。どちらが多くの税を負担するのか、これまで築き上げてきた関係性の中で相談することの難しさを、由高さんは涙ながらに訴える。

「漫画家側はアシスタントに課税を迫れない、負担をかけたくない。また、アシスタント側も先生に免税を迫れない、だからといって課税分を追うのも厳しい。
作家側からはアシスタントを心配するコメントも散見されました。アシスタントは一人の作品を長期間手伝い全力を尽くしてサポートしています。作家側も自分の原稿がどんなに大変になろうと、大半はアシスタントのデビューが決まれば喜んで送り出します。そのことだけでも分かってください!」

   由高さんは会見後、J-CASTニュースの取材に対し次のように補足する。アンケートの結果、年収1000万円超えでもインボイス制度で廃業を検討している作家がいた。

「理由はやはりアシスタントの問題です。アシスタントさんを確保しないと原稿が完成できませんが、現状でもギリギリなのにアシスタントさんの課税を迫ることは難しく、廃業するしかないという意見が並びました。 漫画家は作品のクオリティーが高ければ高いほど、アシスタントさんが必要です。 人気漫画家になれるほどの実力があっても自分の作品が描けなくなれば、漫画家としてやっていけないから廃業するしかない。こんな悲しい現実があっていいのでしょうか?
夢も希望もない表現の自由すらある種奪っている、インボイス制度は悪法そのものです」

免税事業者は「ネコババ」しているのか?

   「VOICTION」に所属する声優は、政治的な発言でファンや事務所、クライアントから忌避されるリスクを抱えながらも、活動を続けているという。

「それだけインボイス制度が声優業界に大きな影響を与え、業界を衰退させてしまうからです。私たちはこれを政治の話だと捉えてはいません。私たちの身に降りかかる生活の話だと思っています」

   岡本さんたちがフリーランスを対象に行ったアンケートによれば、取引先から「インボイスに登録してもらえないと今後の契約は約束できない」「課税事業者にならなければその分報酬の値引きを行う」といった言葉をかけられた人もいた。岡本さんは、インボイスの有無を理由に起用されなかったとしても、事業者からは「今回は縁がなかった」「役に合わなかった」などと説明され、問題が明るみに出ない可能性があると付け加えた。

   さらに岡本さんたちは、インボイス制度に反対する活動の中で、消費税の納税義務が免除されていることについて「ネコババしている」とSNSなどで非難されることがあるという。

   こうした声に対し、岡本さんは誤解があると反論する。その根拠に、「東京地裁平成2年3月26日判決」を挙げる。

「裁判所は、消費者が事業者に対して支払う消費税分はあくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しないと言っています。その裁判の中で財務省(当時は大蔵省)は、事業者が納税義務者であることは明らかである(消費税法第5条)、同じく消費税相当額は対価の一部に過ぎないと言っています。これは明確に、(消費者が事業者に支払う消費税分は)売り上げであって預かり金ではないとうことではないでしょうか」

   また消費税の事業者免税店制度は、小規模事業者の納税事務負担などに配慮した制度であり、岡本さんは「免税事業者は法の下、きちんと保護されている存在」だと訴えた。

   会見後の個別取材に対し、同団体に所属する声優の福宮あやのさんも次のように述べる。

「地裁の判決により国側が、消費税は預り金ではないとの主張をしてそれが認められており益税は存在しない旨を述べましたが、記者会見後のヒアリングにおいても財務省が消費税法上『益税』という言葉は存在しないと述べています」

   今回の記者会見後、4つのエンタメ業界はインボイス問題を検討する超党派議員のヒアリングに参加している。この会には国税庁・財務省の担当者も出席しており、上述の答弁を行っていた。

アニメ事業者が訴える懸念

   「アニメ業界の未来を考える会」は会見で、免税事業者と取引のある事業者が抱える苦悩を訴えた。

   「ガンダム」シリーズで知られるサンライズ、アニプレックスを経て現在はアニメプロデューサーとして活躍するスカイフォールの代表取締役・植田益朗さんは、「43年アニメ業界に携わってきましたが、今回のインボイス制度ほど危機感を感じたことはございません」と怒りをにじませる。「制度をこのまま導入することは業界にとって何のメリットもない」と強く非難し、免税事業者の多いフリーランスの必要性を訴える。

「使いたくない言葉ですが、アニメ業界はいままで『ブラック産業』といわれ、非常に劣悪な部分だけを強調されてきました。確かに、そういった側面もゼロではありませんが、昨今は業界全体で働き方改革の見直しを含め業界全体で労働環境の改善、アニメーターの人材育成、社員化など、日本のクリエイターをなんとかしていこうと動き出しています。
そのうえで、全ての人間を社員化できるわけではないという実情もあり、いかにフリーランスの底支えが必要かというのは今後も変わりません」

   アニメ「キルラキル」「プロメア」などのヒット作を生み出したアニメ制作会社トリガーの大塚雅彦代表取締役も、「決してフリーランスだけの問題ではない」と訴える。

   取引先のフリーランスがインボイス登録をしていても、登録に不備などがあった場合の事務的負担が事業者に回ってくる可能性があると推測。インボイス制度が一部の人々だけにふりかかる問題とされていると危機感をあらわにした。

「社会全体に影響すると思います」

   「インボイス制度を考える演劇人の会」からは、丸尾聡(劇作家、演出家、俳優)さんが登壇。演劇業界ではまだインボイス制度について広まっておらず、議論も進んでいなかったという。こうした状況を危惧した若手の演劇人から声が上がり、丸尾さんが代表世話人を担った。

   丸尾さん自ら現場などで行ったヒアリングでは、まだまだ制度について知らない人が多かったと述べる。とくにインターネットに触れない世代には制度が分かりづらく、周知も届いていないという。

「演劇界の中でインボイス制度に関する認知がほとんど広がっていない問題があります。もちろん僕たちの勉強不足もあるでしょうが、やはりこの制度を実施するとなったとき、一体どうなるのか、という説明が足りなかったことも事実ではないかなと思います。
このままだと本当に日本の文化・芸術の未来が先細っていくということは、もう明らかだと思います」

   会見と超党派によるヒアリング後の個別取材では、今回の会見でインボイスに反対する動きが目立ち始めたとのは良いことだと振り返った。

「インボイス制度はフリーランスだけの問題ではありません。インボイス制度導入に伴う事務処理には手間がかかり、労力や人件費を要します。これは値上げなどの形で社会全体に影響すると思います」

    (J-CASTニュース編集部 瀧川響子)