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理性や本能を超えて、微生物たちが行動を操作している?

心を操る寄生生物

 

 普通は泳がないはずのコオロギが次々と池に飛び込む。当然のことだが、あっという間に腹を空かせたカエルや魚の餌食になる。なぜコオロギはむざむざ、死のダイブを決行するのか? 実はコオロギの"自殺衝動"は、ある種の水生のハリガネムシの仕業だ。

 

 このハリガネムシの成虫は水中で交尾して卵を産む。水中で孵化した幼虫は、水中で蚊の幼虫に取り付き、体内に潜む。蚊の幼虫が成虫に変身して陸上に飛び立ち、コオロギに食べられると、ハリガネムシは活動を始め成虫に育っていく。このコオロギの体内にいるハリガネムシが子孫を残すには、再び水中に戻る必要がある。そこでハリガネムシはコオロギの行動を操って"自殺"を促す。だから、ハリガネムシに寄生されたコオロギは本来の習性と異なる死のダイビングを決行するのだ。

 

 このほかにも、寄生生物に操られて奇妙な行動を起こす宿主の実例を本書は次々と紹介していく。宿主のわざわざムクドリに気付かれやすい場所に移動するダンゴムシ、捕食者の鳥に見つかりやすくなるのに、あえて光に反射しやすい白い腹部分を上に向けて泳ぐメダカ、草を食むヒツジに食われるために草にぶら下がって待つアリ......。一時、動画サイトを賑わせた、極彩色の姿で狂ったようにのた打ち回るカタツムリも寄生生物ロイコクロリディウムの仕業である。

人間の文化や社会にまで影響を与えた微生物

 

 本書は、これらのように宿主の習性をも変えてしまう寄生生物のお話、つまり神経寄生生物学をベースにした科学読み物だ。

 

 本稿の冒頭では、寄生生物に行動を操られる虫や魚の例を挙げたが、もしかしたら人間もそうやって寄生生物に操られている可能性がある。例えば、ネコからヒトに感染して、脳に棲みつくトキソプラズマ原虫。トキソプラズマ原虫に感染したネズミはホルモンを操られ、ネコの臭いを魅力的に感じてしまう。そうして、ネズミからネコ、ネコからヒトに宿主を代えていく。最終宿主である人間の行動も、トキソプラズマに影響されている可能性さえ、最近では指摘されているという。

 

 こうしたことから神経寄生生物学は非常に注目されているが、研究は困難を極める。何しろ相手は眼に見えないほどの生物。そして舞台は実験室ではなく生態系そのもの。因果関係を証明するには莫大な工夫が必要になる。

 

 本書の後半では、寄生生物が人間の集団・社会に与える影響について考察している。例えば「嫌悪」の感情。腐ったものや汚れたものを嫌う感情が生まれるのは、病原体や寄生生物に感染する可能性が高いからだ。こうした嫌悪の感情と進化の関係、そして偏見や移民問題、宗教、文化の違いにまで議論は及んでいく。例えば感染症への警戒心が、握手ではなくお辞儀の文化を生んだ可能性まで考えられるという。

 

 著者は、アメリカの定評のあるサイエンス・ライター。最新の科学的知見を学ぶだけでなく、文化社会の進化についてまで考えるヒントとなる一冊であることは間違いない。(BOOKウォッチ編集部 スズ)

  • 書名 心を操る寄生生物
  • サブタイトル~感情から文化・社会まで~
  • 監修・編集・著者名キャスリン・マコーリフ著 西田美緒子訳
  • 出版社名インターシフト
  • 出版年月日2017年4月15日
  • 定価本体2300円+税
  • 判型・ページ数四六版・328ページ
  • ISBN9784772695559

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