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散歩中によく考えたテーマ――二院制と参議院改革(第2回)

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1 二回に分けた散歩

 散歩は、私にとってCONSTITUTIONALつまり健康維持のための運動ですから、その目的のために多少の工夫をしています。まず、毎日のノルマ歩数を定め、それをクリアすることにし、そのためには午前、午後の二回に分けて行うと効率がよく、また目的にも適合すると、経験から学んでおります。このことから、衆議院と参議院とにおいて、立法や国の政策決定がなされていることを連想させられます。
国民の代表者が集まり構成する議会で法律を制定したり政策を議決したりするため、二つの道が用意されています。それが二院制であり、歴史上の経験をもとに生み出されました。この二院制誕生の由来については、西欧の議会の成立史をみる必要がありますが、その詳細は、多くの有益な文献への参照に委ねます。ここでは、明治国家において設けられた衆議院と貴族院からなる二院制が日本国憲法のもとでも引き継がれ、衆議院と参議院として存在していることを確認しておけばよいでしょう【42条】*。そして、憲法秩序の形成の役割を担う衆参両院の会議体がどのような活動をしているかをみつめることにします。
*【】内は、日本国憲法の条文を示します。その内容をみるためには、リンクをクリックしてください。以下、同様です。

 すると、両院の活動には、私が散歩を二回に分けて行うような目的適合性や効率性が欠けていることを知ることになります。特に、参議院の存在理由が疑われ、二院制の機能が発揮されていないのです。それ故、参議院の改革が急務であり、私は憲法のことを考えるテーマの筆頭としてこれをとりあげることにします。(二回に分けた散歩と二院制とを結びつけることにはやや無理があるかもしれませんが、この参議院改革のテーマは、散歩の際に、私がもっともよく考えたことなので、無理があっても目をつぶり、テーマの重要さの方に注目してください。)

2 参議院の理念不在と機能不全

 70年間の憲法体験のもとでは参議院の存在は、あたりまえのことであり疑問がないと一般に受け止められているかもしれません。しかし、この長年継続している状態を観察しても、参議院はなぜ存在しているのか、その役割は何かという問いに対して、明確な答えをだすことができないはずです。国民の代表者が国民に託されて国の政策決定を行うという存在意義や役割については、衆議院において十分説明できます。同じ役割を参議院が担っているとしても、なぜ、同じような二つ目の機関が存在するのか、というのがこの問いの核心です。
 一つの答えは、西欧諸国の議会が二院制だからそれに倣ったのだというものです。しかし、西欧諸国は、一般国民から選ばれる議員により構成される下院と、連邦制のもとで州(邦)の代表あるいは一般国民とは異なる社会層(明治国家での華族がその例)の代表からなる上院(上院・下院のほかに名称は様々)からなっていて、衆参両院とは違い、院の構成議員が異なる性格をもっています。また、その役割も同じではありません。日本国憲法制定時には、体裁を西欧諸国に倣う必要が説かれ、物理的にも国会議事堂内の貴族院の場所を空けておくべきでないとの思いが強かったものの、いかなる性格や役割の院とするかの議論がまとまらないままに、両院の機能に多少の違いを設け【54条、59条、60条、61条】、議員の選挙での選出方法を違えただけで出発してしまったのです。以来、今日まで、参議院の存在理由や意義について不確定なままとなっているのです。たとえば、参議院議員選挙における一票の価値が不均衡であることを争う訴訟に対して、最高裁判所は、参議院の存在理由や意義について説明できないままに、判断を下しています。そこではまことに歯切れの悪い見解が示されていますが、それは、理念不確定に原因があり最高裁判所の責任ではありません。
 参議院の70年の体験中、独自の存在意義や役割を構築しようとする努力が参議院議員によりなされたこともありましたが、その努力もむなしく、今日では、参議院は、衆議院の活動を繰り返すのみだ――かつてはカーボンコピー化、今日ではコピーアンドペイスト(コピペ)と呼ばれています――という見方もあるようです。それは、参議院議員選出の選挙方法が衆議院のそれとほとんど変わらず、院内の政党勢力も同じような状態となっているからです――いや、衆参の政治勢力が同じでないねじれ現象が生じた時もありましたが問題はもっと困った状態になっていました。そこで登場しているのが参議院改革の提案です。

3 参議院改革と道州制

 参議院改革の目的は、参議院を二院制にふさわしい第二の院となるべく、その存在理念を確立し、有意義な活動ができるようにすることです。このことについては、すでにいろいろ検討され、具体的な提案もなされています。私は、すでにこれについて概説書でも明言しているように、道州制を導入し、道州の地域から参議院議員を選出する方式に改革するのがよいと考えています。これは、私独自の考えでなく、自由民主党がよく研究、検討したうえで公表しているものに賛同しているにすぎません。その具体的内容については、自民党のホームページで見てください。これは、前述した連邦制をとっている国の二院制に近似しています。また、日本国憲法のもとでの地方自治制度において、市町村が地方自治の機能を発揮しているのと対照的に、都道府県の自治体としての活動には見直し、改革の必要があるとの経済界をはじめとする各方面からの問題指摘に対応する意味もあります。
 ここでは、その改革内容の詳細を語る余裕がありませんが、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」【41条】とうたう憲法の定めを真に生かすために、参議院改革が急務であることを強調したいと思います。必要な法律の制定、あるいは変化に対応した法律の改正が停滞し、法治国家といえるのか、議会制民主主義の国家といえるのか疑問とされ、批判される状態が長らく続いており、諦めや、無関心や、無気力が社会に浸透しているとの指摘がよくなされています。その具体的状況をこのコラムでは次回以降示すことになりますが、散歩をしながらこれにかかわることを考えております。

4 改革の実現可能性

 かつて坂本竜馬は、徳川幕府を打倒して日本に新しい統治体制すなわち二院制を導入することを構想していました。それは彼の生存中には実現しませんでしたが、明治国家がそれを導入し、日本の伝統的政治体制となっていることは、誰も疑わないところです。しかし、現在の二院制が竜馬の夢見たとおりとなっているか、前述したように怪しいのです。議会制民主主義の国家理念が現実のものとなってよく機能していないことを竜馬がみたら呆れて、憤慨するであろうと、散歩をしながら私は想像しています。竜馬は、脱藩後驚異的な歩行により討幕に尽力しました。私は、散歩しながら己の歩行の貧弱さを恥ずかしく思っています。ところが、最近、新党を結成しようする政治家が、一院制樹立を党の政策理念に掲げようとしているとの報道に接しました。それの実現には憲法改正が必要ですが、130年ほど続いている日本の議会制度を根底から覆すような改革のエネルギーをどこから生み出そうとしているのか、散歩をしながらつくづく呆れる思いをし、その報道を知った日の私の散歩は、情けない政治家の存在にいっそうみじめな思いをしたのです。
 どうも、健康維持のための散歩であるのに、考えることが不健康をもたらすように思われます。参議院改革に賛同する世論の高まりをみせ、70年つづいた参議院の在り方に変化がもたらされれば、私にとって、明るく活気のある散歩になると信じております。なお、長年つづいた憲法状況に大きな変更を加えるのですから、憲法条文の解釈上はその必要がないといえても、あえて憲法改正をすべきと私は考えています。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『憲法判例(第7版)』(有斐閣、2014年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)など著書論文多数。

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