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「ホロコースト」はフェイクニュースだったのか

否定と肯定

 ナチスのことを題材にした映画の公開が2017年も続いている。年頭の「アイヒマンを追え」に始まり、年末の「永遠のジャンゴ」、「否定と肯定」、「ユダヤ人を救った動物園~アントニーナの愛した命~」、「ヒトラーに屈しなかった国王」まで10作前後に上る。

 欧米の映画製作者にとって「ヒトラー」「ナチス」「ホロコーストが今も切実なテーマであり、日本も含めて、熱心に見る観客がいるということがわかる。「永遠のジャンゴ」などは、ナチスによるロマ(ジプシー)弾圧を描いているというのに、今年のベルリン映画祭のオープニング作品だった。ドイツの腹の太さというか、生真面目さにも驚いたものだ。

多数の人々の支援を受けて、厄介な裁判を闘う

 本書はそのなかの「否定と肯定」の原作だ。「ホロコーストの真実をめぐる闘い」という副題がついている。著者は米国の歴史家で、現代ユダヤ史とホロコースト学を教えるエモリー大学教授のデボラ・E・リップシュタット(1947~)。

 彼女は1993年に『ホロコーストの真実 大量虐殺否定論者の嘘とたくらみ』という本を出版した。その中で、200語ほどを使って、英国の歴史叙述家、ディビッド・アービングのことをホロコースト批判論者として取り上げた。「馬の目隠しをかぶった盲目的なヒトラー信者」「史実を歪曲し、文書を改ざんし・・・歴史的な定説に真っ向から反する結論を引き出すため、データに間違った解釈を施す男」と評した。

 他の否定論者と違って、アービングには第二次世界大戦と第三帝国に関する著書が多数あった。そのうちの何作かは高い評価を受けていた。彼のホロコースト否定論は、他の否定論者に比べてはるかに注目されており、それゆえ「最も危険な存在」だった。

 ホロコースト否定論をすでに公にしている以上、まさか名誉棄損で訴えられるとは思っていなかった。しかし、アービングは96年、英国でリップシュタットを訴えた。

 英国の法律では、名誉棄損は被告の側に立証責任がある。放置すると、名誉棄損が成立し、「ホロコーストはなかった」という主張が正しかったことになる。リップシュタットは多数の人々の支援を受けて、厄介な裁判を闘うことになる。その顛末が本書である。

ホロコースト否定論者に大きな打撃

 結論から言うと、彼女は2000年、裁判に勝った。アービングは多額の賠償金を支払うことになり破産宣告を受けた。裁判結果は他のホロコースト否定論者にとっても大きな打撃になり、一部は活動をやめた。

 本書は米国でユダヤ人として生まれたリップシュタットの少女時代から始まり、ホロコースト否定論の研究に入ったきっかけ、裁判準備の資料収集、法廷での論争などが粛々とつづられている。ベテラン翻訳者、山本やよいさんの訳は流れるようになめらかだ。文庫とはいえ全体で600ページを超える大著。巻末には著者インタビューや訳者のあとがきもついている。発行元は世界有数の出版社ハーパーコリンズの日本法人、ハーパーコリンズ・ジャパン。

 映画公開と邦訳出版に合わせて著者が来日、あちこちでインタビューに応じていた。なかでも11月28日の朝日新聞は記憶に残った。「フェイクとどう闘うか」という見出しがついていたのだ。ネット時代、フェイクニュースがしばしば問題になっている。米国では大統領自身が、発信者として批判されたりしている。「ホロコーストはフェイクだ」という主張と闘った本書の話が、いまや他人事ではない時代に生きている。

  • 書名 否定と肯定
  • サブタイトルホロコーストの真実をめぐる闘い
  • 監修・編集・著者名デボラ・E・リップシュタット (著),‎ 山本やよい (翻訳)
  • 出版社名ハーパーコリンズ・ ジャパン
  • 出版年月日2017年11月17日
  • 定価本体1194円+税
  • 判型・ページ数文庫・608ページ
  • ISBN9784596550750
 

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