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ランク付け――平等社会(第5回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

日本114位、過去最低 世界の男女平等ランキング

【ジュネーブ...】世界経済フォーラム(WEF)は2日、世界各国の男女平等の度合いを示した2017年版「ジェンダー・ギャップ指数」を発表した。日本は調査対象144カ国のうち、114位と前年より3つ順位を落とし、過去最低となった。女性の政治参画が遅れているのが主な理由で、1日に発足した第4次安倍内閣の女性活躍の推進が一層問われそうだ。・・・・・・・・・

出典:日経新聞電子版 2017/11/2  8:01
URL: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22985930R01C17A1CR8000/

1 行き交う人々

 散歩に出る前に、ネットのニュースを点検していたら、上掲のコラムを見ました。これを読んでみて、何だか気になりました。男女間の平等は、日本国憲法の施行以来今日までに、十分とはいえないにしてもかなり実現しており(注1)、世界的順位としてはそれほど劣ってはいないのではないかと思っています。また、全体としては上位にあると思っているので、これを見て素直に納得することができませんでした。そこで、今回はこの記事の内容について考えてみることにします。

(注1)憲法14条の定める法の下の平等の展開について、近年に刊行の憲法概説書をみていただければ、男女間の平等が人権保障分野でもっともよく発展していることを知ることができます。

 考えるといっても、文献にあたったり、誰かと議論したりすることによるのではなく、前回までと同様、散歩をしながら目にとまるところを基に検討してみたいと思います。すなわち、行き交う人々から得られる印象をもとに、男女平等の度合いが114位ということについて、それも144カ国のうち下位にランク付けされていることに納得がいくのかとまず考えてみました。

 このコラムを見て以来の数日間、散歩中で出会った人々は、男女平等の関心からいって、女性の地位が低いなどとはいえませんでした。私の若いころの様子と比較しても、そのことは確かです。たとえば、若い父親が幼稚園や保育園に送り迎えをしている姿をよく見ますし、中高年の男性が家庭の料理用の野菜を買って運んでいる――先日は、散歩の途中で立ち寄った本屋のなかで、バックパックを背負った男性が運んでいるネギで私の頭部をなぜて通った――、高齢の女性を乗せた車椅子を夫らしい男性がゆっくり押して歩きながら道端の草花のことを語っている、逆に、高齢の杖をついてよぼよぼ歩きの男性を妻らしい女性が寄り添って体力の維持を支援しているなどといった様子を見れば、さらに、格好の良いスーツ姿のビジネス人と思われる女性がさっそうとすれ違う雰囲気に魅了されるといったことも併せると、女性の地位が低いといった決めつけは適切でないといえます。

2 ランキング指数の基準

 納得のいかないままに散歩から帰ったのですが、もう一度ネットのコラム記事を読み直して、ランキング指数は、何を基に示しているのかを確認しました。すると、「同指数は女性の地位を経済、教育、政治、健康の4分野で分析し、ランキング化している。」と書いてあります。これだと、行き交う人々を観察しても、せいぜい健康との関係では可能としても、女性の地位のランキングを適切に分析することが無理なように感じました。それと同時に、その4分野との関係で男女平等のランキングを示すことの意味についても考えました。

 確かに、日本では、女性の閣僚や議員の少なさが目立ち、そのことがランキングを下げている一大要因だといえます。政治の分野で活躍の女性の数が諸外国とくらべ低いレベルであることは誰もが認める事実です。その理由の分析をするゆとりはここではないので、読者の皆さんにお任せします。私が指摘しておきたいのは、この女性の政治家数が少ないことが、男女平等の問題として理解してよいかということです。言い換えると、女性の政治家が少ないことを示すランキング指数を、女性差別の問題として結び付けてよいかということです。

 選挙権を行使して国会議員を選出する過程で、選挙権者は、性差別を法制上も事実上も受けていないと断言してよいといえます。しかし、被選挙権者つまり立候補者の数は、男性のそれより少なく、上掲のコラムで、男女平等の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」は、立候補者におけるギャップのことを指しているといえます。そして、法制度上は、日本国憲法の誕生時から女性議員の選出を妨げる規定が公職選挙法にあるわけでなく、社会の状況において事実上そのギャップを生み出していると認められます。また、女性の立候補者を増加させようとする具体的な施策を提案したり、それを緊急な課題だと唱える積極的な声も登場していないようです。あるいは、すでに活躍している女性政治家の実態を見れば、女性政治家を増せば政治がよくなるわけでなく、女性議員数の増加には何ら期待はもてないという、私の知人の指摘も無視できないようです。

 そういうわけで、日本の「ジェンダー・ギャップ指数」が低いというWEFの指摘は、女性の地位向上のための刺激になっていると、素直に受け止めるわけにいきません。こういう私の見解に強い反発が生じることは覚悟していますが、平等の実現については、次のことはふれておかねばなりません。

3 社会での平等実現

 上掲のコラムをもう一度みると、日本の男女平等の度合いが低いことは、「女性の政治参画が遅れているのが主な理由」とあります。そこで、男女平等の度合いを高めるためには、国会議員総数の半分が女性議員となるように、選挙制度を変えることが考えられます。このような改革は、アメリカで、人種差別解消のためにとられた積極的差別解消策と呼ばれる方法に匹敵します(注2)。もしそのような制度を導入して選出された女性議員が日本の政治をよろしい方向に転換させることが十分予測されるなら、採用する価値があります。しかし、それはないでしょう。逆に、女性議員の資質に関連して差別、偏見が生じる恐れの方が確かです。それに、そのような改革を導入できるくらいなら、現状にとどまったり、後退したりする社会ではないはずです。他にいろいろ難点を指摘できると思いますが、言えることは、平等の実現のために何か人為的施策を導入しても駄目で、社会の人々の意識が変わらなければ難しいということです。

(注2)アメリカでは、それが人種差別解消に導くよい制度だとの評価や成果がみられるわけでなく、多くの深刻といってもよい議論が交わされています。

 話を散歩中に出会った行き交う人々のことに戻しましょう。そこには、女性の地位が低いといった深刻な雰囲気を感じませんでした。マスコミを通じて伝えられえる日本の社会は、それの延長線上にあるといえそうです。しかし、社会での平等実現が不必要などというつもりはありません。むしろ、男女平等の実現が求められる事態は少なからずあるといえます。しかし、以上で焦点を当てた女性の国会議員を増やすことにより男女平等が実現するという課題は、それに向けた人々の意識が重要な働きをなすのであって、法制度の改革では不可能だといえます。日本国憲法の70年の体験を経て、大きな変化をそこに見ないのは、意識の変化がないからだといってよさそうですが、いかがでしょうか。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『憲法判例(第7版)』(有斐閣、2014年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)など著書論文多数。

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