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京大が、東大よりもスゴかった時代

京都学派酔故伝

 かつて「京都学派」ということばがあった。まず西田幾多郎、田邊元、三木清らの哲学者を指して使われた。二つ目は東洋学者、内藤湖南らの実証的な学風を「京都学派」と呼んだ。戦後は今西錦司ら「登山と探検」をツールとするグループもそう呼ばれた。さらに中国文学者吉川幸次郎、フランス文学者桑原武夫ら文学研究の分野でも使われるようになった。

 いうまでもなく、京都大学出身者を中心に京都大学で教鞭をとった学者らで構成されたが、時代とジャンルにより、さまざまな「京都学派」があったことになる。戦後は「人文科学研究所」がそのリード役だった。本書『京都学派酔故伝』(櫻井正一郎 著、京都大学学術出版会)は、京都大学入学前から「京都学派」に関心があったという著者櫻井正一郎さん(英文学者、京都大学名誉教授)が、内部の人間だからこそ書けた酒にまつわるエピソードを軸に、「京都学派」をになった学者の姿と学問を書きとめたものである。

 草創期の学者たちは貧乏だったので酒を伴わなかったという。戦後は学者たちが書いた本がベストセラーになり、酒が学者のヨコ社会をつなぐ潤滑油となったそうだ。吉川幸次郎『新唐詩選』、桑原武夫『文学入門』などの岩波新書を思い浮かべればよい。中間層の教養主義へのあこがれが爆発的な出版ブームを演出した。

 本書は学問の内容について詳述しているが、何と言っても面白いのが酔っ払いの列伝である。横綱は吉川幸次郎。北海道の学術会議の流れで行った定山渓の温泉旅館での酒席のこと、吉川は左翼の論客井上清(歴史学者)と論争となり、決着がつかなかった。二人は素っ裸になり浴場へ。ご子息が「もう滅茶苦茶だよ」と後年こぼしたという。

 週刊ポスト(2018年2月2日号)の書評で、京都大学出身の井上章一さん(国際日本文化研究センター教授)が、碩学の吉川とまだ若かった人類学者梅棹忠夫の酒席での罵り合いのエピソードを紹介し、「いい話だなと、私は思う。京都大学の黄金時代を代表する英雄伝説として、私はこの逸話をうけとめる。今は、もうありえない話だなと、往時のかがやきをあおぎ見る気にもなる」と記している。

悲しい酒の高橋和巳

 『悲の器』などの小説で知られる高橋和巳は、吉川に招かれて京大中国文学科助教授になった。友人たちとはもはや一緒に飲めないようなひどい大酒で自ら「酒悲」の状態だと語ったという。酒によって憂さが深まることを中国でそう呼ぶのだそうだ。大学紛争期に全共闘の学生側に立ち、孤立無援の心境だったのだろう。

 京都大学は市街地にもそう遠くない。講義や研究会のあとに、まず一杯という「文化」があったようだ。飲んでも容易に家に帰れる距離にみなが住んでいた。そんな学者や学生を町の人たちも温かく遇した。東大とはちょっと違ったようだ。専門領域を越えて純粋に学問を楽しむという京大の気風が、酒席での談論に合っていたのかもしれない。

 京都には大学共同利用機関として「日本国際文化センター」もできているが、中心街から離れ、飲み屋からは遠い。いま学者たちは連れだって飲むのだろうか。談論風発はどこでやっているのか。仮に飲んだとしても「京都学派」と呼ばれるような系譜が現れることはないだろう。ちなみに「京大人文研」をネットでググったら、トップに「自己点検評価報告 2017」というのが出てきた。先生方は今や常に査定の対象であり、脇道にそれて酔っぱらうことが許されない時代のようだ。(BOOKウォッチ編集部

  • 書名 京都学派酔故伝
  • 監修・編集・著者名櫻井正一郎 著
  • 出版社名京都大学学術出版会
  • 出版年月日2017年9月15日
  • 定価本体2000円+税
  • 判型・ページ数四六判・415ページ
  • ISBN9784814001156
 

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