読むべき本、見逃していない?

石牟礼さんのスピーチに会場が凍り付いた

  • 書名 新装版 苦海浄土
  • 監修・編集・著者名石牟礼 道子 著
  • 出版社名株式会社講談社
  • 出版年月日2004年8月15日
  • 定価本体690円+税
  • 判型・ページ数文庫判・416ページ新装版
  • ISBN9784062748155

本書『苦海浄土』 (講談社)は石牟礼道子さんの代表作である。1969年に発表され、70年の第一回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれた。しかし、石牟礼さんは辞退した。

理由は何だったのか。批評家の若松英輔さんは『NHK100分de名著 石牟礼道子 苦海浄土』の中でこう話している。

水俣病の患者たちが本当の語り手

「一つは、この作品がいわゆる『ノンフィクション』ではないこと、そしてもうひとつは、自分はこの作品の真の作者ではない、と彼女が感じていたところにあるように思われます」

よく知られているように、『苦海浄土』は水俣病の患者たちになりかわって、故郷の美しく豊かな海を奪われて病を強いられ、命を奪われた人たちの悔しい思いを方言のままにつづった物語だ。ちょうど公害問題や環境破壊が社会的に注目され始めた時期だったこともあり、鋭い文明批判の一面もあって衝撃を与えた。

若松さんはさらに説明を続ける。
「『苦海浄土』は水俣病の患者たちが本当の語り手であって、自分はその言葉を預かっただけなのだ、という強い自覚が彼女にはある。表現を変えながら彼女は様々なところで、水俣病の患者たちは、言葉を奪われて書くことができない、自分はその秘められた言葉の通路になっただけだと語っています」

魂の奥底から絞り出す声

しばしば石牟礼さんは「語り部」と呼ばれる。本書の中でその凄さは十二分に発揮されているが、実際に目撃したことがある。2001年度の朝日賞のパーティ。受賞者の石牟礼さんが登壇し、話し始めると、帝国ホテルの広い会場は水を打ったように静まり返った。

独特の震えるような声と抑揚で、何かにとりつかれたかのように石牟礼さんが語り始める。まるで魂の奥底から絞り出しているような、まさに水俣病の被害者たちの無念の思いが乗り移ったかのような話しぶりに、数百人の出席者が凍りついた。メモや下書きなしで、即興でかなり長く、与えられたスピーチの時間を大幅にオーバーしていたと思う。しかし、聴衆はいつのまにか、石牟礼さんの一言をも聴き逃すまいと、緊張しながら耳をそばだてていた。石牟礼さんの魂の言葉が、完全に聴衆の魂をわしづかみにしていたのだ。着飾って帝国ホテルという繁栄の頂点に集まった人たちに、繁栄から忘れられ、踏みつけられた地霊や人霊の声を突き付けたのである。石牟礼さんの後に登壇したのは、「千と千尋の神隠し」で興行記録を塗り替えたばかりの絶頂期の宮崎駿監督だったが、石牟礼さんの強烈なスピーチの後なので、手短に、と早々に切り上げたほどだった。

このとき、出席者の何人が『苦海浄土』を読んでいたかわからない。だが、石牟礼道子という人はタダ者ではない、という貴重な現場体験をしたことだけは間違いない。

生きるとは荷を負うこと

石牟礼さんは10数年前からパーキンソン病になり、療養中だった。最近は、洗面所ぐらいは自分で、と無理して一人で立とうとして転倒し、右大腿骨を折って入院していた。朝日新聞に月一回のペースで連載していたエッセイは昨年末に1回、お休みしていた。

しかし、今年1月31日には復活。「水俣川の川口近くに住んだ家は、近代化の波がそこだけ遠慮して通り過ぎたような百姓家であった」と過ぎ去った昔を回想。いつのまにかそこに猫が十数匹も居着いてしまって、「しまいには猫一家に人間一家が同居させてもらっている風にもなってくるのだった」と、野良猫に囲まれた日々を記していた。

また、2月1日の読売新聞には、「年が改まり、また一つ年を重ねていくわけです。ただ、それは同時にまた一つ荷が重くなることでもあると、いつからか自覚したように思います。パーキンソン病を患ったこともそうですが、生きるとは荷を負うことだと実感しています。そういう生き方を私は選んでしまっているのでしょう」という談話を載せていた。

『苦海浄土』は第一部に続いて第三部『天の魚』(1974年)が書かれ、第二部『神々の村』(2004年)も出て、さらに続く予定だったという。
(BOOKウォッチ編集部)

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