読むべき本、見逃していない?

この本は、寝ころがっては読めない

  • 書名 妻たちの二・二六事件
  • サブタイトル新装版
  • 監修・編集・著者名澤地久枝 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2017年12月22日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数文庫・283ページ
  • ISBN9784122064997

 読んでいるうちにいつのまにか襟を正すという本がある。本書『妻たちの二・二六事件』(中公文庫)もその一冊といえるだろう。1936(昭和11)年に起きた2・26事件で自決あるいは刑死した21人の、妻たちのその後を追ったノンフィクションだ。

 天皇に背くかたちとなったクーデターの「首謀者」たち。その無念の思いを背負いながら、黙して語らぬ日々を強いられ、ひたすら耐えて生きた妻たち。その妻たちに寄り添い、彼女らの「語り部」として本書を残した著者の澤地久枝さん(1930~)。それぞれの悶々とした心情を推しはかるがゆえに、読みながら襟を正さざるをえないのである。

並外れた描写力に圧倒される

 書き出しの「一九七一年夏」を読むだけで、たいがいの読者は本書にぐいぐい引きずり込まれていくだろう。定例となっている関係者の法要シーン。遺族が集まり、読経の声が流れる。東京・麻布のお寺の境内は静謐に包まれている。

 天皇の名で裁かれ、「逆賊」とされた関係者たち。そして戦後民主主義の社会でも、日本を戦争へと加速させる無謀な行為だったとして改めて否定される。行き場のない殉国の想いを抱えた死者たちを鎮魂し続ける限られた身内だけの集いの様子が、凛とした筆さばきでつづられる。これが、生まれて初めて書いた本だとは到底信じられないほどの並外れた描写力に圧倒される。

 澤地さんは中央公論社で「婦人公論」の編集者をしていたが、病気で倒れて退社。のちに作家の五味川純平さん助手になり、『戦争と人間』の資料収集を担当する。その過程で、戦前史を徹底的に勉強し、2.26事件については、いつ何を聞かれても即答できる状態になっていた。そして妻たちのその後を知りたいと、「巡礼のような行脚」を始めることになった。

 むろん妻たちが、長く閉ざしていた重い口を軽々に開くようなことはなかった。ようやく訪ねあてても「そっとしておいてほしい」と背を向けられる。澤地さん自身も、「そっとしておくべきかもしれない」とためらった時期もあったという。そうした煩悶と逡巡――それは妻たちと澤地さんの両方に言えることだろう――の時を経て、稀有なノンフィクションとして結実したのが本書なのである。

NHKが引き継ぐ

 単行本は1972年に刊行され、文庫が75年に出た。2017年12月にはさらに文庫の新装版が出て再び澤地さんの「あとがき」がつづられている。また、NHKのドキュメンタリー番組の制作者として「戒厳指令『交信ヲ傍受セヨ』二・二六事件秘録」 (1979年放送、放送文化基金本賞)、「二・二六事件 消された真実―陸軍軍法会議秘録」 (1988年放送、「日本新聞協会賞・放送文化基金個人賞」という二つのスクープ番組を制作し、現在はノンフィクションン作家の中田整一さんが「解説」を書いている。

 この「あとがき」と「解説」を読んでわかるのは、『妻たち・・・』が脈々と、後進のドキュメンタリストに影響を与え、NHKのスクープに貢献していたということだ。中田さんは記す。

 「事件の関係者を取材してきた一人として、先駆的なノンフィクションの『妻たちの二・二六事件』には、立ちはだかる取材の困難を乗り越えて問題の本質にせまる人間観察の鋭さと、時代と事件を洞察する歴史眼の確かさに幾度となく驚嘆させられた」

 2.26事件は、戒厳令下の特設軍法会議で一審即決(上告なし)、弁護人なし、非公開で処分が決まり、関係者の多くがあっという間に処刑された。あまりにも処理が性急で闇に包まれた部分が少なくない。

 中田さんは72年に、戒厳司令部が事件のさなかに関係者の電話を盗聴していた録音盤を発掘した。そのなかに女性の声があった。誰だか分らなかった。澤地さん宅に盤を持ち込み聴いてもらった。「この声は・・・」。目の前で受話器を取り、ひょっとしてと思った相手に電話した。やはり、「妻たち」の中の一人の声だった。中田さんは澤地さんと「妻たち」との、深いつながりを目の当たりにした。

 中田さんはのちに、事件を裁いた軍法会議の首席検察官が自宅に秘蔵していた膨大な未発表資料も入手した。8年越しで遺族を説得した結果だった。これも澤地さんに連日徹夜で読んでもらった。その顛末も記されている。

 『妻たち・・・』の記念碑的な成果は、しっかりと引き継がれている。何ごとにおいてもすぐれた仕事は歴史に残るものなのだということを、この新装版の解説を通して理解できる。そしてNHKの中田さんの仕事もまた近年のNHKスペシャル「ある文民隊員の死~カンボジアPKO 23年目の告白~」などに確実に継承されている。

(BOOKウォッチ編集部)

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