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「100億円」に研究者たちが群がる

科学者と軍事研究

 びわ湖毎日マラソン(2018年3月4日)をテレビで見ていて、ちょっと意外に感じたことがあった。先頭の選手を写すマスコミ写真記者たちの車が、自衛隊の車両だったのだ。デカデカと陸上自衛隊大津駐屯地という名前が入っていた。運転しているのも制服の自衛官だった。

 この車のさらに前方を、NHKテレビの中継車が走っている。ロングで先頭の選手を映すと、選手の前にいる「自衛隊仕立ての報道車両」が目に入る。マラソンや駅伝ではしばしば自衛隊が協力しており、先導車などで自衛隊の車は見た記憶があるが、マスコミの取材陣の車としては珍しいような気がした。ネットで調べたところ、以前からびわ湖毎日マラソンは特に自衛隊との関係が緊密なようだ。

自衛隊への好感度は年々高まる

 マラソンや駅伝だけではない。災害救助、震災支援などの活動を通じて、自衛隊の露出は増え、好感度は年々高まっている。内閣府の世論調査では「良い印象」が9割を超えている。しかし、本書『科学者と軍事研究』(岩波新書)は、そうした自衛隊=防衛省と科学研究との結びつきが強まっていることに対し、大きな懸念を表明している。

 著者の池内了・名古屋大名誉教授は、宇宙論、天文学の権威として知られる。半世紀以上の歴史を持つ世界平和アピール七人委員会のメンバーの一人でもある。16年にも『科学者と戦争』(岩波書店)を出版、各地で講演なども続け、「軍学共同」の研究が新たなライフワークになっている。

 本書によれば、「軍学共同」が進むきっかけになったのは2013年、安倍政権で「総合的安全保障戦略」が宣言されたこと。15年には「安全保障技術研究推進制度」が発足した。15年は3億円の予算が16年には6億円に倍増、17年には110億円にまで膨らんだ。科学技術部門で大盤振る舞いの新財源が出現したのだ。

 「軍」がスポンサーになって、「学」を下請け化する。著者によれば、「『学』が人類の幸福のために培ってきた知的成果や知的財産を、『軍』が豊富な資金力を利用して、軍事利用のために独占」という時代になったのだ。

日本学術会議は基本的に拒否

 日本以外の国々、たとえばロシアや中国、北朝鮮、米国、イスラエル、イランなどでは「軍学共同』は当然のことになっているだろう。したがって、なぜ日本では、そのことにとやかく言われるのかと思う人がいるかもしれない。

 歯止めになっているのは、やはり憲法9条ということになるだろうか。日本の人文・社会科学、自然科学の全分野にわたる科学者の代表機関「日本学術会議」は17年3月、半世紀ぶりに「軍事的安全保障研究に関する声明」をだし、4月には「報告 軍事的安全保障研究について」を採択、政府・防衛省が進める軍学共同路線に対し、基本的に拒否することを明らかにした。本書ではこの「声明」と「報告」についても詳しく紹されている。

 科学者は、いつの間にか戦争に組み込まれるというリスクがある。たとえば近著、『届かなかった手紙――原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び』(株式会社KADOKAWA)で著者の大平一枝さんは、原爆製造に関わった最後の生き証人たちを訪ねている。彼らは当初、自分たちの研究が何に関わっているのか知らされていなかった。研究開発していたのは壮大な原爆計画の中の一部であり、投下後の責任についても、積極的には感じていない人もいた。なぜなら自分たちが担当したのは「部分」に過ぎないからだ。

 池内さんは、加計学園問題についてもキナ臭さを感じている。新しいニーズとして「生物化学兵器対応」が付け加えられているからだ。感染症対策や創薬のための「動物実験の重要性」が強調されており、生物化学兵器の実験・開発・対応などを担う獣医学部の設置という側面があるのではないかと懸念する。池内さんによれば、いろいろな形で軍事研究は進行しており、本書についてはまた続編を書かねばならないかもしれない、と付言している。

(BOOKウォッチ編集部)
  • 書名 科学者と軍事研究
  • 監修・編集・著者名池内了 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2017年12月21日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書・224ページ
  • ISBN9784004316947
 

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