読むべき本、見逃していない?

財務官僚もサルトルを読むべきだ

  • 書名 余白の声
  • サブタイトル文学・サルトル・在日――鈴木道彦講演集
  • 監修・編集・著者名鈴木道彦 著
  • 出版社名閏月社
  • 出版年月日2018年3月10日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784904194058
BOOKウォッチ編集部コメント

 フランス文学者の鈴木道彦さん(1929~)はちょっと分かりにくい人だ。サルトルの紹介者として名を挙げたのに、後年、プルーストに比重が移る。途中では金嬉老裁判にも深く関わった。それぞれがどうつながっているのか、にわかには理解しがたい。

 本書『余白の声』(閏月社)は過去10数年に行った講演の再録集。分かりやすい話し言葉で、サルトル、プルースト、在日問題が実はつながっていることを語っている。「文学・サルトル・在日」という副題が付いている。

アルジェリアで武装蜂起

 鈴木さんは東大仏文を出て1954年にフランスに留学した。父の鈴木信太郎(1895~1970)は日本を代表する仏文学者として有名だったから、仏文業界のサラブレッドだった。学生時代は特に政治的関心はなかったようだが、パリに着いてまもなくアルジェリアで武装蜂起が起きる。

 フランスは1830年代にアルジェリアを領有し、「近代化」を進めてきた。土地を収奪し、現地ではアラブ語の学習を禁止、抵抗運動は力で抑え込んできた。それがとうとう本格的に爆発したのだ。指導者としてフランツ・ファノンらが頭角を現す。

 少しずつアルジェリアのことを勉強しているうちに気づいたことがある。フランスと植民地アルジェリアの関係は、日本と朝鮮の関係に似ているなと。朝鮮支配は、フランスが百何十年もかけてやってきたことを真似したんじゃないかと。

 そんなことを感じながら帰国後の61年に『アルジェリア戦争 私は証言する ジュール・ロワ』(岩波新書)、63年に『サルトルの文学』(紀伊国屋新書)を著す。

金嬉老裁判に長く関わる

 日本に戻って衝撃を受けた事件があった。一つは小松川高校事件だ。女子高生殺しなどで18歳の少年の李珍宇が捕まり死刑になる。63年に出た『罪と死と愛と』という往復書簡を読んで鈴木さんは驚いた。彼は無類の本好きで、膨大な読書をしていた。小説まで書いていた。

 68年には金嬉老事件も起きた。暴力団員2人を殺し、旅館に立てこもっただけではない。警察官による在日韓国人や朝鮮人への蔑視発言について謝罪することを人質解放条件として要求した。

 そして金嬉老裁判に長く関わる。彼のしたことを肯定していたわけではないので、面会に行っては、アクリル板をはさんで激しい論争をしたこともあるという。しかし、「彼の不幸な人生を準備したそもそもの初めにあるのは、日本社会のゆがんだ構造で、我々もその構造の一角に組み込まれている」というのが鈴木さんの基本認識だった。

『失われた時を求めて』で読売文学賞

 しばらく研究に専念していた鈴木さんは96年から刊行を開始したプルーストの『失われた時を求めて』(集英社)の個人全訳で再び脚光を浴びる。読売文学賞を受賞した。

 プルーストは、裕福な家庭に生まれたが、母親がユダヤ人だった。自身は同性愛者でもあった。作品の中では、ユダヤ人と同性愛者がともに差別されたマイノリティ集団として比較されている。

 サルトルは、52年に『聖ジュネ』を書いていた。600ページの原著をもちろん鈴木さんは読んでいた。ジャン・ジュネは娼婦の子として生まれ、13歳のことから泥棒生活をつづけたが、のちに作家として有名になった特異な人物だ。こうして鈴木さんの中ではプルースト、サルトル、マイノリティの問題がつながっていく。

 サルトルは戦後の世界の知識人に大きな影響を与えた。しばしばその発言が注目され、葬儀には数万人が集まったという。最近は、サルトルはもう古いと言われるが、鈴木さんはサルトルの古びない点として、次の二点を挙げる。

 一つは「知識人論」。狭い領域の知識人は本当の知識人ではない。それは「実践的知識の専門家」に過ぎない。そこでの普遍的知識は、権力や社会によって特殊なものに利用されてしまうことがある。原爆が一例だ。この矛盾を反省するところから、真の知識人が生まれる。鈴木さんは「原子力ムラ」などを見るにつけ、このサルトルの知識人論は今も有効だとみる。森友問題の財務官僚にも当てはまりそうだ。

 もう一つ、サルトルは1970年に「第三世界は郊外に始まる」という論文を書いた。パリ郊外に旧植民地から移ってくる人が増え始めていた時期だ。その後さらに加速し、今や郊外がイスラム系などの居住地となり、テロリストの潜伏場所になっていると指摘された。まさに現状を予言していた。

 1960年代というと、何かと学生運動のことが話題になる。書店でも、元活動家らの回顧本が目立つが、鈴木さんは60年代から「在日」「民族問題」に目を向け、フランス文学という専門領域を相対化する作業をつつけてきた。その意味ではすぐれてサルトルの「知識人論」を実践してきた人だと言えるのではないか。

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