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そうだったのか、人類史の「恥部」

共食いの博物誌

 共食いとは、生物が同種の他の生物を食べることであり、通常、人間ではなく、いわゆる動物の世界の話とされている。

 しかしながら本書『共食いの博物誌』(太田出版)では、「動物から人間まで」という副題にあるように人間も扱っている。いや人間についての分量のほうが多いということで関心をひく。

映画史の悪役を制覇

 人間の共食いは「カニバリズム」と呼ばれている。日本語の「人肉嗜食」という言葉からもイメージできるように、何か特異な人による特殊な性癖という感が強い。

 本書の冒頭では映画「羊たちの沈黙」が紹介される。ジョナサン・デミ監督、主役はアンソニー・ホプキンス。第64回アカデミー賞で主要5部門を受賞した名作だ。しかし、それだけではない。米国のフィルム・インスティチュートが選んだ「悪役ベスト50」でホプキンスが演じた食人「レクター博士」は1位になっている。

 このランキングで2位に入ったのはヒチコックの「サイコ」の主人公、ノーマン・ベイツだ。映画の中では、母親に異常に執着したモーテルの主人として描かれている。しかし、原作の小説をたどると、意外なことがわかる。実在の死体愛好家で食人者でもあったエドワード・ゲインをモデルにしているのだ。

 1957年、事件はウィスコン州で起きた。行方不明者捜索のため、警官がゲインの屋敷に踏み込むと、梁からシカ肉の胴体のようなものがぶら下がっていた。それはシカではなく、人間だった。小説ではこの部分はあまり強調されず、映画でも母への執着ぶりが軸になっていた。

 映画史上の悪役1位は「人食いの元精神科医」で、2位が実在の人食い人間をもとにした人物、というのは確かに異様だ。生物学者でアメリカ自然史博物館の研究員でもあり、ミステリーやノンフィクション手がける著者のビル・シャット氏は、この話を出発点にタブー化させている食人の歴史を探り始める。

コロンブスがやったこと

 動物の共食いには、死んだ仲間を食べるケースと、生きている仲間を殺して食べるケースがある。どうやら人間も同じようだ。著者はネアンデルタール人などにまでさかのぼり、さまざまな実例を調べる。考古学的知見に頼るものは、どうしてもあやふやだが、もっとはっきりしているものがいくつか紹介される。

 例えば漂流船。航海の途中で食料が尽きると、仲間を食うことが珍しくなかったそうだ。未開の地域では、ある種の儀式としても行われた。米国西部開拓史では有名な事件がある。1846年、開拓地を目指した87人の移民団は途中で食料が尽きて筆舌に尽くしがたい無惨な状態に陥った。20世紀に入っても、事件は尽きない。ヒトラーのレニングラード攻防戦でソ連側市民は空前の兵糧攻めに追い込まれた。そこで何が起きたか。当時は、英雄的な戦いでドイツ軍を敗退させたということのみが大々的に宣伝され、錯乱の恥行は長年秘匿された。

 「食人のタブー」を利用した英雄もいた。コロンブスたちは、中南米の原住民に「 食人の習慣がある」というレッテルを張り、スペイン本国や教会から「何をしてもいい」との承認をとりつけ、大量虐殺が行われた。

 こうして本書では、映画のように一人の人間の異常性のみならず、集団が狂って凶行に及ぶ理由なども分析している。

 読んでいて、深作欣二監督の映画「軍旗はためく下に」を思い出した。南洋で戦死したといわれる夫の死の真相を妻が探っていくと、飢えで人肉を食べたので処刑されたという疑いが浮上する。そういえば戦争末期には「小笠原事件」などもある。真相はどうだったのか。

 『人と馬の五〇〇〇年史』(原書房)など、人類史の視点で、欧米の研究者がつづる壮大なノンフィクションは少なくないが、本書もその一つ。日本人では書ききれないスケールと、「秘史」への執念。こういう原著を見つけて翻訳した版元もなかなかのものだと感じた。

  • 書名 共食いの博物誌
  • サブタイトル動物から人間まで
  • 監修・編集・著者名ビル・シャット(著)、藤井美佐子(訳)
  • 出版社名太田出版
  • 出版年月日2017年11月30日
  • 定価本体2900円+税
  • 判型・ページ数B6判・388ページ
  • ISBN9784778316068
 

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