読むべき本、見逃していない?

小林秀雄や石原莞爾も被害者だった

  • 書名 空気の検閲
  • サブタイトル大日本帝国の表現規制
  • 監修・編集・著者名辻田真佐憲 著
  • 出版社名光文社
  • 出版年月日2018年3月15日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数新書・312ページ
  • ISBN9784334043445

 著者の辻田真佐憲(つじた・まさのり)さんの名前を最近よく見かける。『文部省の研究』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』など著書を次々と出している。長年の研究成果を一気に吐き出している壮年の学者かと思ったらそうではなかった。

 著者略歴によると、1984年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。2012年から文筆専業となり、政治と文化芸術の関係を中心に、広く執筆活動を続けているそうだ。現在の肩書は作家、近現代史研究者。てっきり年配の大学の先生だと思い込んでいたのだが。

当局の意向を忖度する「非正規の検閲」があった

 本書『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(光文社)は新書だが、相当な労作だ。多数の資料をもとに戦前・戦中史を「検閲」という切り口から再検討している。扱っているのは1928年から45年まで。日本が戦争態勢に突き進んで最終的に破たんするまでだ。

 一般に「検閲」というと、国家権力が一方的にメディアに圧力をかけ、言論や表現を統制したと思われている。辻田さんは、検閲はもっと複雑だったと強調している。法令や規則に基づいて内務省警保局図書課の検閲官が判断する「正規の検閲」だけではない。検閲官が、出版人や言論人とコミュニケーションを取りながら、かれらに当局の意向を忖度させる。そして自己規制や自己検閲をするように誘導する「非正規の検閲」があったことを重視する。「各自に空気を読ませる」という手法だ。

 検閲の根拠法は、当初は「新聞紙法」と「出版法」だった。新聞・出版側が恐れるのは発禁処分だ。発行にかけたコストがムダになる。そこで出版では「内検閲」が生まれる。本来は、出版物の完成後に納品し、審査を受けるのだが、事前にゲラを見せ、問題となりそうなところを指摘してもらう。やがて、自ら、問題となりそうなところを提示してご意見を伺うようになる。新聞もそれに倣う。新聞紙法には、事実上の廃刊命令に当たる司法処分もあったから、どうしても卑屈になった。

検閲をパスしたものに、軍が文句をつける

 1932年の上海事変、満州国建国のあたりから、検閲がいちだんと厳しくなる。不穏文書臨時取締法、映画統制委員会、国家総動員法・・・。警視庁特高部にも検閲課ができ、放送は逓信省によって事前、事後検閲、映画は映画法にもとづき内務省警務課フィルム検閲係、レコードは内務省図書課のレコード検閲係、軍事に関する記事や写真は機密扱いで「新聞掲載禁止事項の標準」などに則り、許可されたものに限られる。情報局では第四部が検閲を担当し、内務省図書課は検閲課に改組。憲兵なども介入した。

 新聞紙法では、陸軍大臣、海軍大臣、外務大臣、検事に記事禁止の権限が与えられ、主要紙は内務省図書課との直通電話を設置、ダイレクトにお伺いするようになる。物資が不足する中で、用紙配分は新聞雑誌用紙統制委員会に握られ、「用紙の配分を止めるぞ」というのが最大の脅しとなった。著者の説明は実に詳細だ。

 検閲システムが輻輳する中で、内務省の検閲をパスしたものに、軍が文句をつけるという事態も起きるようになった。有名な「雑誌『改造』事件」や、朝日新聞の中野正剛による「戦時宰相論」などだ。軍内部も対立、「敵が飛行機で攻めに来るのに竹槍をもつては戦ひ得ない」と毎日新聞が書いた「竹槍事件」は、海軍の意を受けて報じたものだったが、陸軍の逆鱗に触れた。

現在の読書文化にも爪痕を残す

 本書は、検閲官の悲哀も紹介している。少ない人数で大量の刊行物をチェックする。風俗本の担当になると、毎日のようにエログロ雑誌を見なければならない。いわば猥褻物評論家。一方で、安寧秩序紊乱に関するものを見落とすと大変な責任問題にもなりかねない。神経衰弱になり、病気休職する検閲官がたえなかったという。

 端的に言えば、検閲に係る法律があるから、担当者は仕事をせざるを得ない。判断に迷うケースは、保身と安全策で守りに入る。言論の側も処分が怖いから平仄を合わし、どんどん委縮する。結局のところ、検閲関係の法律や組織を作って戦時態勢を強化した人たちの狙い通りになる、という構図だ。「巨悪」は検閲官らを背後で操ってる。

 著者は何かを声高に訴えるというのではなく、膨大な資料をもとに、できるだけ客観的に当時の検閲の実情を伝えようとする。興味深い実例も多い。

 例えば小林秀雄は1938年6月号の「文藝春秋」に「蘇州」という紀行文を載せた。その中で慰安所に登楼したくだりがある。「見学禁止」なので、実際に入るしかなかったのだ。しかし「皇軍の威信を毀損」「風俗紊乱」ということで削除になった。今は『小林秀雄全集』でもカットされたままだという。石原莞爾の『世界最終戦論』も「不敬」部分があるとされ、一部が削除。現在出ているのは、その後の改訂版だという。

 辻田さんは、明らかになってはいないが、ほかにも水面下で抹殺された表現や言論が少なくなかったとみる。「戦前・戦中に発行された出版物にはこうした懸念がつきまとう。帝国日本の検閲は、現在の読書文化にも爪痕を残している」と注意を促している。

「システムの検索」が広がる恐れも

 先の「竹槍事件」には後日談がある。毎日新聞は編集局長を解任したが、それだけではすまなかった。記事を書いた新名丈夫記者が何の処分も受けなかったことに腹の虫がおさまらない陸軍は、37歳の新名記者に召集令状を発した。この年齢だと本来、召集はないが、「懲罰召集」。それをぼかすために新名記者と本籍が同じで年齢が近い約250人にも召集令状を発した。海軍が介入し、新名記者の令状は解除されたが、巻き添えになった中年兵は最終的に硫黄島に送られ、多くが戦死したというのだ。

 「改造事件」は、内務省の検閲をパスして雑誌「改造」に掲載られた論文を、陸軍の平櫛孝少佐が問題視。さらに陸軍報道部長が追い打ちをかけ、当該論文の問題個所は削除処分となった。ところが事件はそこにとどまらなかった。神奈川県警が動き出して著者や知人ら約60人を次々逮捕、共産党再建事件をでっち上げた。拷問による自白強要が繰り返され、計4人の犠牲者が出た。戦時下最大の言論弾圧事件として知られる。当初は単なる検閲事件だったが、最終的には治安維持法違反の「横浜事件」という大冤罪事件となり、国の責任が厳しく問われてきた。

 本書によれば、平櫛大佐は戦後、「初めは軍関係者に限られていた発言が、いつのまにか少しずつはみだして、実質的に言論検閲に近いところまで行った。軍の個人の何気なく吐いた意見が、社会的に大きな影響を与えてゆく。それをたしなめる機関がどこにもないという社会は、それ自体欠陥社会なのだという認識を私がもつにいたったのは、軍をはなれてかなりな年月がたってからのことである」と語っていたそうだ。

 検閲は現在も続く。中国が有名だ。「くまのプーさん」や「ジャイアン」の検索ができなくなったことがあるという。習近平国家主席と体型などが似ているからだ。著者は、ITの進化でAIによる「システム検索」がいつのまにか広がるリスクも指摘している。戦前・戦中を振り返りつつ、現在・未来に注意を払うという意味で、マスコミ関係者は一読しておく必要がある本だ。

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