読むべき本、見逃していない?

女優「のん」が言った、「戦争はNON!」

  • 書名 総員玉砕せよ!! 他 (水木しげる漫画大全集)
  • 監修・編集・著者名水木しげる(著)
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年5月 2日
  • 定価本体2800円+税
  • 判型・ページ数コミック判・485ページ
  • ISBN9784063775914
BOOKウォッチ編集部コメント

 2013年から刊行が続いていた『水木しげる漫画大全集』(全103巻、講談社)が完結した。最終配本になったのが『総員玉砕せよ! 聖ジョージ岬・哀歌』など戦記ドキュメンタリー3作が収められた本書だ。

 妖怪漫画家として絶大な人気を誇り、文化功労者にもなった水木さん(1922~2015)は、自らの戦争体験をベースにした壮絶な戦争漫画でも知られた。その最高傑作として余りにも有名なのが『総員玉砕せよ』だ。

「この物語の90%以上は事実」

 舞台になったのはニューギニア東部にあるニューブリテン島。オーストラリアが信託統治していたが、南太平洋の重要な戦略拠点として42年に日本軍が占領し、連合国軍との間で死闘が繰り広げられた。戦況は次第に悪化し、日本軍は追い詰められ、戦死者、負傷者が増える。飢えとマラリア、圧倒的な戦力格差などから、残存の日本軍は玉砕へ、というのがおおまかなストーリーだ。

 実際の水木さんはマラリアと左腕の負傷で、玉砕命令が出る前に、後方の野戦病院に移り、九死に一生を得ているが、「この物語の90%以上は事実」と過去に語っている。

 評者はかなり前に本書の単行本版を読んだことがある。たまたまコンビニの漫画のコーナーに並んでいたものを見つけて、何の予備知識もなく手に取った。これは凄まじい本だ、とても立ち読みでは終わらないと衝撃を受けて購入し、一気に読んだことを思い出す。今回ひさしぶりに再読していくつかの発見があった。

 ひとつは「玉砕」について、かなり突っ込んだ問答を展開していること。強要する最高指導部と、疑問を抱く中堅の幹部。この両者による緊迫したやりとりが二度にわたって繰り広げられる。

「いっしょに死ねないというのか」

 最初は「大隊長」と「中隊長」の激論だ。敵に囲まれ、「我々が、いまなし得る最善の方法は玉砕あるのみ」と宣言する大隊長に、「とうてい勝ち目のない軍勢で、全滅を期して切り込むなんて・・・全くバカげたことです」と中隊長が疑問をはさむ。後方に退却してゲリラ戦をする方が意味があると提案するのだが、大隊長は譲らない。「名誉ある死」を求めているのだ。中隊長に対し、「いっしょに死ねないというのか」と怒り出す。

 こうして約500人が玉砕に突き進むが、81人が生き残った。当時の日本軍の決まりでは、玉砕命令が出ていたのに生き残ることは敵前逃亡であり、死刑なのだという。どうするか。生き残った兵隊のリーダー格の軍医が、81人の命乞いをするために遠方にある師団司令部に向かう。そこで今度は、軍医と司令部の参謀との間で、再び「玉砕」についての激論がなされる。

 軍医は「私は医者であり、軍人ではない」としつつ、命を粗末にする玉砕作戦を「無茶苦茶」だと批判する。参謀は「命が惜しくてほざくのか」「きさま、それでも日本人か」と激高する。それから間もなく一発の銃声が響いた。軍医が自決したのだ。そして二度目の玉砕が敢行される。

 この二つの「玉砕」をめぐる問答は、「90%の事実」の外にあるような気がする。戦争の最前線で、最高指導部に対し、このような抗議ができたとは思えないからだ。逆に言えば、それだけ水木さんには、理不尽なことを強制した軍隊に対する激しい怒りがあったにちがいない。フィクションとしてでも、無念の死を遂げた戦友たちに代わって、どうしても「玉砕戦術」についての憤懣を書き残しておきたかったのではないか。

「狂気」が作る喜劇

 こう書くと、シリアスな場面が多くて、肩がこる漫画だと誤解されてしまうかもしれない。実際は違う。あまりリアルに描くと読者が読めなくなるので、生々しさを極力抑えたと水木さんは明かしている。

 そう思って読むと、また気づくことがあった。悲劇にも関わらず、「壮大な群像喜劇」の体裁をとっているのだ。しばしば笑いを誘う場面がある。もちろんそれは「狂気」が作る喜劇でもあるのだが。

 物語は、まだ戦火が激しくならないころ、下級兵隊たちが「ピー屋」に殺到する光景から始まる。「特殊慰安所」、すなわち日本軍のための売春施設だ。ものすごく長い行列。「一人30秒だぞ」と急き立てる声。童貞の若い兵士もいる。「さわるだけ」「なめるだけでも」と焦るが、大半は順番が回ってこないうちに時間切れ。

 この場面はまるでミュージカルの一幕のような設定になっている。ピー屋の女性たちは集まった兵隊たちに向かって合唱する。歌うのは悲惨な身の上を歌詞にした「女郎の歌」だ。「私はくるわに散る花よ 昼はしおれて夜にさく いやなお客もきらはれず 鬼の主人のきげんとり 私はなんでこのような つらいつとめをせにゃならぬ これもぜひない親のため」。その歌を聴きながら、いつのまにか順番待ちの兵隊たちも一緒になって歌っている。

 この歌は、玉砕前夜にも歌われる。辛い兵隊生活を自嘲する替え歌として。「鬼の主人」は「鬼の古兵」に、「親のため」は「国のため」に言い替えられている。

 そして最後に、二度目の玉砕に突撃するところでまた登場する。「お前たちの好きな歌をうたって死のう」という少尉の呼びかけに、兵士たちが歌うのがこの歌なのだ。「私はな~あんで このよう~な つら~いつとめ~を せ~にゃならぬ」と声を張り上げる。いわば物語全体を貫く主題歌となっている。

 戦況が悪化し、すでに女郎たちは病院船で帰国した。戦場に残された兵士は玉砕あるのみ。「女郎の方がなんぼかましだぜ」「ほんとだ」「では突撃する」「突撃ーッ」「うわーっ」「バリバリバリ」「ドカーン」。これが物語のエンディングだ。

 冒頭では、兵士>女郎だが、中盤では兵士=女郎になり、最後は兵士<女郎となる。今どきのフェニムズムの見地からすると、何かと異論もあるだろうが、水木さんは双方に目配りしつつ考え抜いた構成にしていると思う。

 すなわち、この群像喜劇の愛すべき主役は下級兵士であり、脇役は女郎たち。そして最も滑稽で非道なのが、大義をもとにバカげたことを強要する、傲慢で「狂気」に憑りつかれた大隊長など幹部軍人たち、というシニカルな人物配置図が見えてくる。

国際的な賞も受賞

 『総員...』は1973年に講談社から書下ろしの単行本として出版された。その後も何度か版を変えて刊行が続くロングセラー、もはや古典となっている。2009年にはフランスの第36回アングレーム国際マンガフェスティバル遺産賞、12年には米国のアイズナー賞国際賞アジア部門を受賞するなど国際的な評価も高い。一読すればだれでも気づくことだが、決定的場面で登場する水木さん得意の銅版画のような細密描写は、並みの画力ではない。13 歳のときにすでに個展を開き、毎日新聞に「少年天才画家あらわる!!」 と写真入りで紹介されただけある。

 『総員...』は07年にはNHKで『鬼太郎が見た玉砕 〜水木しげるの戦争〜』のタイトルでテレビドラマ化もされ、多数のテレビ関係の賞を受賞している。何度も再放送されDVDにもなっている。

 今回の全集版では、ほかに2作の戦争作品も収録されている。硫黄島の戦いをテーマにした『白い旗』と自伝的作品『敗走記』だ。それぞれ文庫でも読めるが、全集版には過去の改稿や追加ページなどが明示され、完全版となっている。月報の解題と巻末の資料が詳しいので、理解が進む。

 本書では女優の「のん」さんが「解説」を書いているのも目を引く。全集を監修している作家の京極夏彦さんが「若い世代の感想を聞きたい」と頼んだのがきっかけだ。

 「当時の兵隊さんが『生き残ったら恥だ』『犬死しないように、突撃して早く玉砕しなければ』と思っていたことがわかりました」

 「この事実を知った時、『戦争って怖いな』ではなくて、初めて『戦争は、本当にダメだ』『戦争って、とんでもないことなんだ』と心の底から思いました」

 そんな率直な感想を綴っている。

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