読むべき本、見逃していない?

実はビッグじゃなかった「ビッグ発言」

  • 書名 田原俊彦論
  • 監修・編集・著者名岡野誠
  • 出版社名青弓社
  • 出版年月日2018年6月25日
  • 定価本体2000円+税
  • 判型・ページ数A5判・400ページ
  • ISBN9784787274038
BOOKウォッチ編集部コメント

 十代でデビューし「トシちゃん」と呼ばれるアイドルとして一時代を築いた田原俊彦(57)。来年はデビュー40周年の節目の年で、その2年後には還暦を迎える。この6月には74枚目のシングルを発売、その発売記念イベントで、トレードマークの「足上げ」を披露するなど、かつてと変わらないキレをアピールしてみせた。

 トシちゃんから「田原俊彦」へ―。その切り替えがスムーズでなかったことはよく知られている。芸能マスコミから私生活について追い回された1994年に飛び出した「ビッグ発言」を機に、いわゆる干された状態になり露出が急減したものだ。本書『田原俊彦論』(青弓社)は、ジャニーズ事務所応募からこれまでの田原を追った評伝。ビッグ発言の真相、復活の背景を解き明かす。関係者への取材、豊富なデータや資料をつぶさに検討したコクのある構成で、芸能界の裏面史を切り取った読み物でもある。

芸能界の裏面史も

 いわゆる「ビッグ発言」があった9日後の1994年2月26日、田原は、自らの署名によるファクスをマスコミ各社に送る。その肩書は、個人事務所の代表取締役で、ファクスの内容は、同年3月からジャニーズ事務所から独立して活動をするというものだった。このことが後に「ビッグ発言」が一人歩きすることに微妙な影響を与えていたようだ。

 問題の発言があったのは、94年2月17日に行われた記者会見でのこと。前年7月、写真誌のスクープという格好でモデル女性との交際が発覚したが、田原はその後の入籍、長女誕生に至っても無言を貫いていた。だが、マスコミの攻勢に周囲に迷惑がかかると判断、意に反してではあったが会見を開くことにし、その場でこう述べたという。

 「何事も隠密にやりたかったんだけど、僕くらいビッグになっちゃうと、そうはいきませんというのがよくわかりました、ハイ」

 田原は実際には「ビック」と発言しているが、報道では「ビッグ」になっていた。

 本書によると、会見直後の報道では「ビッグ発言」は全く問題にされておらず、記事中でまったく触れないスポーツ紙や芸能誌もあった。ところが、会見の1週間後あたりから、週刊誌を中心にマスコミの扱いが急変。「思い上がるな」とか「仕事はCM一本だけ」などの見出しをつけた記事がめだつようになる。その後に田原はテレビのワイドショーに出演する機会があり、そうした場で釈明する手もあったはずだが、著者によれば、当の本人は「わかる人だけわかればいい」とわが道を行く的な発言に終始。これが、バッシングを呼び込むことになった。

マスコミの取材攻勢にプッツン

 田原を悩ませたのは、写真誌を始めとする芸能誌、ワイドショーなどマスコミの執拗な取材攻勢だ。本書では、当時バラエティー番組に出演して「家族を守りたかった」などと語った発言を引用し、その悩みが深かったことを示す。結婚後は仕事を辞め普通の生活をしている妻が外出すると記者らしい人物らに囲まれ、妻が「やめてください」と言うと、相手らは「だったら外に出てくるな」と逆ギレ。田原はこうしたことを聞いてプッツンしたという。

 インターネット、SNSがある今なら、田原へのサポートが見込まれそうだが、当時の取材される側は自ら発信の手段がなく、田原としては強がりを通すしか手はなかったと述べている。

 「ビッグ発言」が取りざたされながら、ツッパリ続ける田原。前後してジャニーズからの独立を宣言し、それまでの後ろ盾がなくなったこともバッシングを強めたとみられている。しかし、本書によれば、田原の独立に際し、ジャニー喜多川社長はコメントを発表。「今後も充実した毎日を」と述べ、円満退社を印象付けている。

マッチと支えたジャニーズ屋台骨

 田原は76年、高校1年生の夏休みに、甲府市からジャニーズ事務所を目指して上京。母と3人姉妹との生活は苦しく、アイドルとして成功して家族を裕福にすることを考えていた。幸運にもジャニーさんとの面会がかない、レッスンに通うよう誘われる。当時のジャニーズ事務所は75年に郷ひろみが移籍、人気を誇ったフォーリーブスにも陰りが見えて来たころだった。同グループ解散の翌年の79年、田原は高校を卒業してジャニーズ入りした。

 そして、同年10月にTBS系で始まったドラマ「3年B組金八先生」の中学生役で、後に合わせて「たのきんトリオ」と呼ばれるようになった近藤真彦、野村義男らと出演しブレーク。これをきっかけに歌手デビューも果たし、近藤らとジャニーズの屋台骨を支える存在となったものだ。

 バッシングで露出が減ってからもコンサートなどでファンに支えられた田原。デビュー30周年を迎えたころから、「金八先生」放送時に中学3年生だった、お笑いコンビの爆笑問題との絡みが増えるようになり表舞台への回帰のきっかけに。テレビ制作会社からライターに転じ、長く田原を追いかけているという著者は、再び集まりはじめる注目に「わかる人は確実に増えている。ブレない男の力が引き寄せたことだ。さあ、これからどうするか。まだまだ、こんなもんじゃないよ、田原俊彦は―」とエールを送っている。

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