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海の王者「シャチ」の子どもが生まれなくなっている理由

世界の海へ、シャチを追え!

 NHKスペシャル「ブループラネット」が人気だ。BBCと国際共同制作で世界の海の神秘に迫っている。先日の番組では、海鳥を襲う巨大魚を撮影していた。世界初の映像だという。よくぞまあ撮れたものだと感心した。

 日本でも海にとりつかれた写真家は多い。中でも水口博也さんは有名だ。多数の写真集を出している。本書『世界の海へ、シャチを追え!』(岩波書店)はジュニア新書の一冊ということもあり、文章もやさしい。

食物連鎖の頂点に立つ

 タイトルのように、「シャチ」についての解説書だ。オスでは体長が9メートル、体重は10トン。メスでも体長が7メートル、体重7トンに達する。ハクジラの仲間だが、ときには群れをなして大きなクジラさえ襲う。むかしから「海のギャング」と恐れられてきた。海洋動物では食物連鎖の頂点に立ち、天敵は存在しないという。

 水口さんはなぜそんな怖いシャチに関心を持ったのだろうか。本書によれば、1953年生まれの水口さんは、子どものころに、クジラを襲うシャチの絵を見て、「本当にこんな動物がいるのか」と驚いた。京都大学の理学部海洋学科で海洋生物について学び、いったん会社勤めをしていたが、シャチへの関心が高まるばかり。最初のころは休みを取って海外に出かけていたが、1984年に会社を辞め、カナダ・バンクーバーの近くにあるジョンストン海峡の島に陣取り、本格的な研究生活に入る。

 このあたりは野生のシャチが群れを成す。キャンプ地のすぐ目の前をシャチが泳いでいる。彼らがたてる水音さえ聞こえる。

 現地ではすでに70年代から、アメリカやカナダの研究者がシャチの観察に取り組んでいた。群れの中で区別がつかない一頭ごとのシャチも、細かく観察すると、微妙に違う。背びれや、背びれの後方の刷毛で書いたような文様にそれぞれ特徴があり、見分けることができる。

京大理学部の申し子

 こうした野生動物の個体識別法は、もともと日本の動物学者たちが開発したものだという。1940年代の終わりごろから、サルの生態を研究していた日本の研究者たちが、ニホンザルやアフリカのチンパンジー、ゴリラの研究で成果を上げた。約20年遅れて海洋動物でも応用されるようになったのだという。

 水口さんの先輩にあたる、京大理学部を中心とした霊長類研究者たちの実績だ。海と陸。フィールドは異なるが、水口さんも、個性的な研究者を輩出している京大理学部の申し子なのだ。

 水口さんはカナダに腰を据え、その後はアラスカ、アルゼンチン、ノルウェー、北海道でもシャチの暮らしぶりを観察し続けてきた。多数の研究成果を報告しつつ、最後に怖い話を紹介している。西ヨーロッパの沿岸域ではこの10年以上にわたって、シャチの新しい子どもが誕生していない。繁殖能力を失っているというのだ。原因はシャチの体内にため込まれたPCBのせいだという。食物連鎖の頂点にいるシャチは、汚染化学物質を最も高い濃度でため込む。そうした環境汚染の被害をもろに受けているというのだ。

 ヒトとは無関係な所で生きていると思われがちなシャチ。その生態研究が実は人間社会と無縁ではないことを思い知らされた。

  • 書名 世界の海へ、シャチを追え!
  • 監修・編集・著者名水口 博也 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年5月23日
  • 定価本体940円+税
  • 判型・ページ数新書・192ページ
  • ISBN9784005008728
 

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