読むべき本、見逃していない?

文科省の前川・前事務次官は、国会前のデモに行っていた

  • 書名 面従腹背
  • 監修・編集・著者名前川 喜平 著
  • 出版社名毎日新聞出版
  • 出版年月日2018年6月27日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数B6判・240ページ
  • ISBN9784620325149

 文部科学省の事務次官だった前川喜平さんが、なんとも刺激的なタイトルの本を出した。『面従腹背』(毎日新聞出版)。わかりやすく言えば、アンタに従ったようなフリをしていたけど、本当は違ったよ、という内容だ。役人として、「面従腹背」をモットーに生きてきたとも。

 こうまで言われては、安倍首相も面目丸つぶれ。はらわたが煮えくり返っているに違いない。はたして文科省内の書店に、この本は置かれているだろうか。

「総理の意向」を赤裸々に証言

 前川さんは東大法学部を出て文部省に入省、イギリスに留学し、海外勤務もしたエリートだ。上級職試験を4番で受かったが、大蔵省ではなく文部省を志望したとか、実家は資産家だから怖いものなし、という話を週刊誌で見たような気がする(本書に書いてあるわけではない)。麻布高校の秀才として、『神童は大人になってどうなったのか』(小林哲夫・著、太田出版)にも登場する。

 官僚のトップ、事務次官まで上り詰めたものの2017年1月、文科省職員の「天下り問題」の責任を問われ、懲戒処分を受けて辞職。名前がいちだんと有名になったのは、その後に加計学園問題で「総理の意向」を赤裸々に証言したからだ。加計学園の獣医学部新設に総理大臣が口を挟んでいたようだ、その大学のトップは総理大臣のお友だち、そもそも獣医師は不足していないのでは・・・いったい、どうなっているのと、「疑惑」が書き立てられ、首相の指示や関係者の「忖度」をめぐり、野党やマスコミの追及が続いた。

 結果は「灰色」のような状態だが、各種世論調査では、「加計」「森友」について、首相の関与や意向があったと見ている人が圧倒的に多い。この二つの問題で首相にとって打撃になる新資料や証言が出るたびに、支持率がドスンと下がるということを、この一年余り繰り返している。首相にとって「鬼門」の一つとなった加計問題。「一強体制」の中にあって公然と反旗を翻した前事務次官はまさに「獅子身中の虫」、そのご本人が公然と「面従腹背」まで言い出すのだから、怒りのボルテージは相当上がっていることだろう。

「個人としてどのような見解を持つかは自由だ」

 本書でまず前川氏は「公務員は組織の一員」であると書く。個人の名前で仕事をしているのではない。課長、部長、局長など組織の中の職分で仕事をしている。「代議制民主主義の下、国民・住民の代表者の下でその政治的意思に従い、組織として一体となって仕事をする」。だから、ときとして(あるいはしょっちゅう)自分の意に反する仕事をしなければならない。(過去に)「私の職名と名前で出された通知の中には、私の意見とは異なることがいっぱい書いてある。しかし、それは組織として仕事をしている以上、やむをえないことなのだ」。この辺りは「面従」の話だ。

 しかし、と前川さんは続ける。「それは決して、組織の考え方と異なる見解を持ってはならないということではない。個人としてどのような見解を持つかは自由だ」。じわじわと「腹背」の思いがほとばしり始める。

 公務員は国民の代表として選ばれた政治家の下で仕事をする。しかし、その公務員も主権者たる国民の一人だ。公務員として行っている職務が、本当に国民のためになっているかどうか、「国民である自分が公務員である自分を見つめている」。

 そして、憲法15条2項の「全ての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」をひく。「権力を持つものが一部の者の利益のためにその権力を使おうとするなら、それに抗おうとするのは、公務員として当然のことだと言わねばならない」。

 こういう基本理念のもとに、前川さんは「あくまで組織に残り、面従腹背を繰り返しながら、文部科学省という組織の中で行政の進むべき方向を探し続けてきた」と振り返る。

少なくとも現役3人がリーク

 本書は主として、そうした「面従腹背の38年間」に起きたことを綴ったものだが、いくつか興味深い記述があった。

 一つは、2014年の集団的自衛権を認めた閣議決定について。前川さんは担当外だから官僚として直接関与していないが、この閣議決定を憲法違反と受け止めた。そして参院で可決された9月18日の夜、文科省を退庁後に、シールズ(SEALDs)の若者らに交じってデモに参加、「憲法を守れ」「アベはやめろ」と国会正門前で声を張り上げていたというのである。このときの職分は文科省の審議官だった。「私の中の『主権者』がどうしてもその夜のうちにそれだけはやっておかなければ死んでしまうと呻いていた」。

 そして二つ目が加計学園問題。文科省の内部から漏れたと思われる情報がマスコミで報じられたことについて記す。「外部に提供した現役職員は少なくとも3人は存在すると思われる」。最高幹部だったOBの見立てだから、おそらくその通りなのだろう。「彼らは主権者感覚を持ち得た人たちなのだろう」と称賛する。

 三つ目はツイッター。2012年から「腹背」の思いを発言していたことを明かす。「右傾化を深く憂慮する一市民」という名前で。「ここでつぶやくことで、私は精神の平衡を維持していた」。しかし、読んでいる人は「私自身以外にはほとんどいなかった。ほぼ独り言のつぶやきであった」。本書にはその密かな「腹背発言集」も掲載されている。

講演では引っ張りだこ

 ここまで読むと分かるように、前川さんは、いわば「確信犯」。その立脚点は主権在民、すなわち「主権者」としての自覚と、思想信条・精神の自由、平和主義。なにやら日本国憲法の三大原則を一身に背負ったような人だ。「前川問題」とは形を変えた憲法問題なのかもしれないと思ったりもする。少なくとも淡々と「職分」で仕事をしているように見える匿名の官僚や役人も、せんじ詰めれば一人の人間であり、組織や体制との関係を煩悶しながらの日々であるということだけはうかがえる。

 さて、本書は文科省内の書店に並んでいるのだろうか。そう思って過日、文科省に行ってみてちょっと驚いた。玄関で警備担当者の2人に聞いたら、「書店はなくなった。つぶれた」というのだ。教育と文化の拠点であり教養の総本山、文科省内に書店がない。出版不況、書店不況ここにきわまれり。もっとも、省内に書店がなくても、本はどこでも買える。そもそも官僚は相当に用心深いはずだから、いまどき霞が関の書店で本書を購入したりはしないだろう...。

 安倍政権からはおそらく蛇蝎のごとく嫌われていると思われる前川さんだが、講演では引っ張りだこのようだ。いったい何を話しているのか。文科省の後輩職員が講演内容を問い合わせて問題視されたこともあった。それほどまでに神経をとがらせているということだ。側聞したところによると、かなり先まで講演のスケジュールがびっしりらしい。

 まさに捨てる神あれば拾う神あり。『文部省の研究』(文春新書、辻田真佐憲著)の続編が出れば、文部省の歴史に残る官僚として書き込まれるだろう。『官僚たちの夏』を書いた城山三郎さんが生きていたら、小説にするに違いない。後世の政治学者が安倍政権と官僚との関係を探るとき、本書は興味津々の資料になるはずだ。そして何よりも、全国の教育に携わる人にとっては、文部官僚のトップに上り詰めてきた人が、何を考え、どんな思いで教育行政をすすめてきたか分かるので貴重だ。

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