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江戸時代の大坂に「ウォール街」があった!

大坂堂島米市場

 日本銀行が先日、大規模な金融緩和策の一部修正に踏み切った。低金利を5年維持しても「年2%」の物価安定目標を実現できず、収益が悪化する銀行などの反発もあり、一定の金利上昇を容認することにしたそうだ。本書『大坂堂島米市場』(講談社現代新書)の帯には、その日銀の前総裁、白川方明氏が絶賛!!とある。こうコメントしている。

 「金融取引の爆発的な拡大を前に、我々は経験のない困難な時代を迎えていると思いがちだが、本書を読むと、変化はいつの時代も起きており、江戸時代も現代も解決を迫られている問題に大きな違いはないことを思い知らされる」

 金融緩和策を修正する記者会見で、黒田東彦・現総裁は苦しい弁明に追われたが、先輩のこのコメントを読めば、少しは気が休まるかもしれない。

世界初の先物取引市場で虚々実々のかけひき

 著者の高槻泰郎さんは、神戸大学経済経営研究所准教授。専門はミクロ政策分析で、著書に『近世米市場の形成と展開――幕府司法と堂島米会所の発展』(名古屋大学出版会)がある。本書は、この既刊をもとに、経済学と歴史学双方の分析方法が必要な複合領域である「経済史学」を志す学生らにも分かりやすいようにと、かみくだいて書かれた。そのためか、引用する歴史資料は必ず、現代語訳と原文を併記している。

 大坂堂島米市場(こめいちば)は享保15(1730)年、今の歓楽街「北新地」の南端(大阪市北区堂島浜)に開設された米の取引所だ。堂島川に面しており、対岸の中之島は当時、各藩の蔵屋敷が立ち並ぶ一大倉庫街だった。本書によると、幕府に貿易の途をふさがれ、「天下の台所」大坂などでの物品販売が唯一の貨幣獲得手段だった諸大名にとって、年貢米をより高く売りさばくことが財政上の重要課題だったという。

 大名は、落札した仲買人から米代金を受け取ると「米切手」を発行する。最終的には米切手と引き換えに米俵を渡すのだが、米切手は多くの場合、堂島米市場で第3者に転売されて流通した。また、大名の中には米が手元にないのに米切手を発行して資金を前借りする例もあったという。著者は「大坂の米市は早くから単なる米の販売市場にとどまらず、将来の収入を引き当てにして諸大名が資金調達をする金融市場としても機能していた」と指摘する。

 この堂島米市場で生まれたのが、「帳合米(ちょうあいまい)商い」と呼ばれる先物取引だ。海外の研究者から、堂島は世界初の先物取引市場と評価されているとは知らなかった。この取引は、架空の売買基準米を帳簿上で売り買いし、決済時に価格差だけを授受するまったくバーチャルな取引だという。まさに、素人には手を出せない「デリバティブ」。著者は、こうした取引を幕府が当初は「不実なる売買」とし、死罪の対象にして取り締まったものの、米価が低落すると取引需要を喚起するため黙認に転じるなど、幕府と拡大するマーケットの攻防を細かく描いていく。儲けにこだわる大坂商人と諸大名、幕府、それぞれの欲と思惑がからむイタチごっこは、確かに現代に通じるものがある。

大坂――京都は4分で情報が伝わった

 最終章の「通信革命」も面白い。堂島の米価は江戸だけでなく全国各地が注目しており、主要銘柄の終値などが書かれた相場書を専門に連日届ける「米飛脚」稼業があった。明治になって官営郵便の独占体制が整っても、米飛脚の速さには太刀打ちできず、特例的に認めざるをえなかったそうだ。この米飛脚の速さにも飽き足らない者のニーズに応えたのが「旗振り通信」。平均12キロの間隔で旗を持った人が立ち、振り方で相場を伝えていく。大坂からの伝達時間は京都までが4分、広島までが40分弱だったというから驚く。この伝達手段をめぐっても、規制と抜け穴探しが繰り返されたという。

 著者は最後に、「市場との対話を繰り返すなかで答えを見出そうとした江戸幕府の姿勢には、学ぶべき点も多々ある」と指摘している。いま何を学ぶべきか、本書はそのヒントを示す一冊といえる。

 堂島米市場を遠い起源とする大阪取引所(大阪市中央区北浜)は現在、デリバティブ専門の金融商品取引所になっている。経営する日本取引所グループのサイトに「北浜博士のデリバティブ教室」を見つけた。江戸時代の堂島にタイムスリップして米の先物取引を体験できる。本書のお供にいかがだろう。

  • 書名 大坂堂島米市場
  • サブタイトル江戸幕府vs市場経済
  • 監修・編集・著者名高槻 泰郎 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年7月20日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書・318ページ
  • ISBN9784065124987
 

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