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関東大震災...「一犬虚に吠えて万犬実を伝うる」とは

  • 書名 九月、東京の路上で
  • サブタイトル1923年関東大震災ジェノサイドの残響
  • 監修・編集・著者名加藤 直樹 著
  • 出版社名ころから
  • 出版年月日2014年3月11日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数A5判変型・216ページ
  • ISBN9784907239053
BOOKウォッチ編集部コメント

 関東大震災の日が近づいてきた。1923年9月1日、マグニチュード7.9の地震とその後の火災で10万人以上の死者・行方不明者が出た。混乱の中で朝鮮人や中国人、左翼関係者が殺される事件も起きた。

 先ごろ東京・下北沢の小劇場で上演された劇団「燐光群」創立35周年記念公演「九月、東京の路上で」は当時の狂乱を扱っていた。4年前に刊行された本書『九月、東京の路上で』(ころから刊)がその原作だ。

プラカードに「不逞朝鮮人」

 著者の加藤直樹さんは1967年生まれのライター。東京の新大久保で生まれ育った。もともとは地味な商店街だったが、次第にコリアンタウン化し、近年エスニックな人気スポットに。ところが竹島問題などで、日韓関係がきしみ始めると、ヘイトスピーチのデモが繰り返され、「朝鮮人をたたき出せ」などというシュプレヒコールが響くようになる。

 加藤さんは、彼らのプラカードに「不逞朝鮮人」と書かれているのを見つけてぞっとした。かつて関東大震災のころに叫ばれていた言葉だ。仲間と改めて東京近辺の虐殺事件ゆかりの土地を回り、写真に撮ってブログで報告、それをもとに加筆してまとめたのが本書だ。

 地震後に起こった事件を時間を追いながら報告している。「1923年9月2日未明 品川警察署前」「同昼 神楽坂下」「9月3日昼 上野公園」「同午後4時 永代橋付近」「9月4日午前2時 荒川鉄橋上」「同朝 亀戸署」という具合に。事件は地方にも飛び火し、「9月4日夜 熊谷」「9月6日午前2時 寄居警察分署」...。

 これでもかというぐらい、あちこちで行われたという虐殺の話が出て来る。実際の犠牲者数などについては南京大逆殺と同じように、立場や研究者によって相当の乖離がある。小池百合子都知事は今年も朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を送らない方針と伝えられているが、背景には、そういうことも影響しているのだろうか。

 都知事としては、都慰霊協会が主催する関東大震災の大法要で、「全ての犠牲者に哀悼の意を示している」ということらしい。とはいえ天災で死ぬのと、殺されるのは、同じ話ではないという批判も根強い。

「酸鼻な、残虐な人々の姿」

 本書では、当時を知る有名人の体験談が興味深い。冒頭に、詩人の萩原朔太郎の言葉が掲載されている。

 「朝鮮人あまた殺され その血百里の間に連なれり われ怒りて視る、何の惨虐ぞ」

 朔太郎は政治的な人ではなかったので、ある意味、かなり正直な感想のように思えるが、どうだろうか。国文学者の折口信夫の回想記も出てくる。地震の3日後、下谷・根津方面に向かって歩いていたら、とつぜん刀を抜いた自警団と称する人々に取り囲まれた。

 「その表情を忘れない。戦争の時にも思ひ出した。戦争の後にも思ひ出した。平らかな生を楽しむ国びとだと思つてゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切つてしまふ。あの時代に価(あ)つて以来といふものは、此国の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふような事が出来なくなつてしまつた」 

 道々で見た「酸鼻な、残虐な人々の姿」に「人間の凄まじさあさましさを痛感した」という。この経験をもとにのちに作った詩の中には「不逞帰順民の死骸」という表現が出てくる。朝鮮人犠牲者のことだ。折口も政治的な人ではなかったし、むしろ日本人や日本の文化を尊ぶ立場だったはずだからショックが大きかったようだ。

 俳優座をつくった高名な演出家、千田是也の体験談も登場する。震災当時は、早稲田大学に通う19歳の演劇青年、伊藤国夫。地震の翌日夜、「不逞鮮人」が押し寄せてくるというので千駄ヶ谷の土手に「敵情視察」に出かけた。そこで逆に、こん棒などを手にして提灯を掲げた一団に取り囲まれる。「国籍をいえ」「嘘をぬかすと、叩き殺すぞ」。早稲田の学生だといって学生証を見せても信用されない。頭の上に薪割りを置かれ、「アイオウエオを言ってみろ」「教育勅語を暗唱しろ」と責め立てられる。たまたま自警団の中にいた近所の人が気づいてくれて助かった。

 この恐怖の経験をもとに、「早稲田の伊藤国夫」はのちに「千田是也」と名乗るようになる。「千駄ヶ谷」の「コリアン」というわけだ。一歩間違えば、自分も襲撃する側に回っていた。

超ド級のフェイクだった

 日本は1910年に韓国を併合。朝鮮では19年の「3.1独立運動」で多数の死者や逮捕者が出ていた。関東大震災の事件はそうした日本人と朝鮮人の緊張が続く中で起きた。

 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「襲撃の計画をしている」との風評が流れ自警団がいきり立つ。当時警視庁のナンバー2だった正力松太郎(のちの読売新聞社主)もいったん、「不逞朝鮮人の一団が川崎方面から来襲」という情報を信じたが、夜の10時ごろになって虚報と判明。「人心が異常なる衝撃をうけて錯覚を起こし、電信電話が不通のため、通信連絡を欠き、いわゆる一犬虚に吠えて万犬実を伝うるに至ったものと思います。警視庁当局として誠に面目なき次第であります」。のちにそう語っていたことが紹介されている。

「一犬虚に吠えて万犬実を伝うる」。今風に言えば「フェイクニュース」を信じて大騒ぎになるということか。最近でも地震の際に、「動物園からライオンが逃げた」などというデマが流された。関東大震災から学ぶべきことはまだまだ多い。マスコミやネット関係者、警察、そして小池知事も。

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