読むべき本、見逃していない?

「治安維持法」で毎年1万人が捕まっていた時代があった

  • 書名 陸軍・秘密情報機関の男
  • 監修・編集・著者名岩井 忠熊 著
  • 出版社名新日本出版社
  • 出版年月日2005年2月 1日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・187ページ
  • ISBN9784406031677

 本書『陸軍・秘密情報機関の男』(新日本出版社)では二つの物語が語られる。一つは主に秘密工作に従事した旧日本軍将校の戦争体験記。もう一つは、戦争に抵抗した若者たちの夭折の青春。しかもこの二つの相反する物語は、同じ一家の兄弟の中で起きていた。日本が戦争に突き進む中で、もみくちゃになった地方の名家の惨状があぶりだされる。

「陸軍の水商売」「裏街道」と称する特殊任務

 本書の主人公は香川義雄(1901~81)。敗戦時の肩書は陸軍大佐・南方軍総司令部参謀。戦史にちらりと登場するが、有名な軍人ではない。新潟県に生まれ、県立新発田中学から仙台陸軍地方幼年学校を経て陸軍士官学校を卒業。通常ならさらに陸軍大学校に進んで超エリートコースを歩むことになるのだが、隊付将校の時に不当な命令を強いる上官をぶん殴り、バッテンが付く。以来、「陸軍の水商売」「裏街道」と称する特殊任務に関わることが多くなる。

 国内では盗聴など対外諜報の組織をつくり、中野学校の創設にも関与した。関東軍司令部付として、いわゆる「満州国軍」の顧問にもなり、北満の山奥で満軍と起臥を共にして治安工作や対ソ偵察に当たった。その後南方に転じ、シンガポール攻略戦や岩畔機関でインド工作を担当したが、サイゴンで敗戦を迎え抑留、1946年12月に帰国した。

 戦後は郷里で小さな商工業に従事していたが、57年から60年にかけては米軍と契約を取り交わして、無電機を携え旧特務機関員とともに再び東南アジアに出向き、第一物産(のちの三井物産)社員の肩書で何かをやっていたようだが、詳細は分かっていない。

 義雄の父は戦前、警察署長を経て新発田町長をしていた。地域の有力者だ。長男の軍人としての活躍と出世に鼻高々と思いきや、そうではなかった。義雄の弟たちが、次々と治安維持法で摘発されていたからだ。

次々と兄弟が非合法活動に

 義雄の6歳年下の長弟・信雄は山形高校から1928年、京都大学法学部に入学した。当時の京大はマルクス主義経済学者の河上肇が辞職に追い込まれるなど、当局のターゲットになり、思想弾圧が一段と強まっていた。非合法活動の世界に入った信雄は治安維持法で検挙。留置所で肺結核になって30年、あっけなく亡くなった。

 さらに義雄の次弟、敏雄も新潟高校在学中に自治権を要求して約300人の生徒とともに学校に立てこもり、リーダー格として除名処分。当時すでに非合法とされていた日本労働組合全国協議会や農民運動に関わり逮捕される。いったん軍隊に送り込まれたが、演習で負傷、腹膜炎で33年、急死する。

 元警察署長ということで、父親は様々なルートを使って二人の罪の軽減に奔走していたようだ。そして義雄の三弟、文雄には、けっして兄たちのような道を歩まぬように「訓諭」したが、遅かった。すでに文雄は兄たちの影響を受けていた。敏雄は亡くなる直前、文雄の手を握り「頼む」と言い残していた。仙台の東北学院に進んだ文雄もまた34年、治安維持法で捕まる。

 長兄は職業軍人。弟3人は治安維持法で逮捕。新発田町長の一家は、時代の波に翻弄され引き裂かれる。母親は「どうしておらとこばかり、こん事が続くんだろか」と嘆き悲しみ、神社仏閣参りを続けていたという。

異論を封じ込める戦時体制

 本書は長兄の義雄が戦後に残した13冊の大学ノートの回想記をもとに、義雄の妻の弟にあたる歴史学者の岩井忠熊さんが再構成したものだ。岩井さん自身も兄弟で特攻隊員になり、九死に一生を得た経験を持つ。

 本書で浮かび上がってくるのは、地方の名家に戦争がどれだけ大きな影を落としていたか。加えて日本は何も一直線に戦争に突き進んだのではない、ということもわかる。

 治安維持法の最初の適用は1925年の「学連事件」だ。同志社大学構内に「軍事教練反対」のビラが貼られたのがきっかけだった。本書によれば、31年には検挙者が1万人を超え、32年は1万3938人、33年は1万4622人、34年は3994人に激減したが、起訴者は496人に上る。香川三兄弟はおおむねこの時期に検挙されている。

 中島岳志氏の近著『保守と大東亜戦争』では、哲学者の田中美知太郎氏が36年の2.26事件以降、「日本の運命が暗く閉ざされて行った」と語っていたことが紹介されているが、その前に「弾圧」が急速に進み、昭和ヒトケタのうちに異論を封じ込める戦時体制がつくり上げられていたことがわかる。

「命をかけた運動は正しかった」と総括

 著者の岩井さんによると、香川義雄は戦後、ソ連を批判し、英米を憎悪していた。ベトナム戦争で米軍撤退をテレビで一緒に見ていた時には、「ベトナム人はえらい」と繰り返し語っていたという。死んだ二人の弟については、「生きておれば何か有意義なことを成し遂げただろうに」と惜しんでいたそうだ。

 岩井さんは、死んだ弟たちがソビエトを理想化するなどの弱点は持っていたものの、運動の第一の力点は、「日本の対中国侵略戦争に対する反対」であり、歴史学者として「弟たちの命をかけた運動は正しかった」と総括している。

 こうした昭和ヒトケタの時代に激烈をきわめた抵抗運動は、10歳ほど年下の岩井さんの世代では不可能だった。著書『特攻』のなかで、戦争末期に召集された自分たちは、「もはや大きな流れの中にはいり、その流れのまま泳いでいるような感じだった」と振り返っていた。

 戦前戦後の回想記、体験記は数多い。旧日本軍人たちの回想記もあれば、一方で、あの戦争に抵抗した人についてのノンフィクションもある。BOOKウォッチでも『特高に奪われた青春』などを紹介してきた。

 本書は、基本的には旧軍将校の戦争体験記だが、同時に、戦争に抵抗した人物の物語も進行する。一冊の本の中で、戦争に関わる陽画と陰画がドラマのように絡み合う。山崎豊子さんあたりなら、小説にしたかもしれない。

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