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『村上海賊の娘』の泉州弁に真っ赤に朱を入れた女優とは

K氏の大阪弁ブンガク論

 本書『K氏の大阪弁ブンガク論』(ミシマ社)のK氏とは、著者の江弘毅(こう・ひろき)さんのことである。関西で発行されている雑誌「ミーツ・リージョナル」(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務めた。当時、大阪にいた評者は、地域誌・情報誌の枠を超えた不思議な誌面が好きだった。執筆者の一人である社会学者の内田樹さんがよく自著のタイトルに使う「街場」という言葉をつくったことでも知られる。大阪府岸和田市出身で、だんじり祭の関係者でもあることから「だんじりエディター」の異名をもつ、関西で最も有名な編集者。本文にも「K氏」がよく登場し、ひとりでボケてつっこんでいるような味がある文体だ。

 「おもろく」ないと「納得しない」人たちであるから、その言語・文学論ものっけから破調のきざしがある。「『大阪弁ブンガク』の魅力は、標準語として国語教育的に制度化された言語表現を超えるエクリチュールの『突き抜け加減』にあるのだ」と宣言する(ここんとこ、ちょっとカタいが)。そして、標準語から「どうしょうもなくはみ出ているなにかが過剰にあるのが大阪弁だ(そのひとつが『おもろい』かどうかだ)」と続ける。

 そういう認識に立って、黒川博行『後妻業』、谷崎潤一郎『細雪』、町田康『告白』などを分析しているのだから、面白くないはずがない。引用部分に網がかかっているが、どれも会話部分が多い。大阪弁の口語表現の妙、音とリズムのよさがポイントのようだ。

 「『細雪』はグルメ小説や!」と喝破した第4章も読みどころだ。さすが情報誌の元編集長だけに、谷崎ゆかりの店や食べ物にも詳しい。

関西弁を捨てた村上春樹

 おかしな大阪弁にもうるさいが、「東京ほか他地方へ移住した関西人の関西語」という項目も設け、分析しているからこわい。「関西弁を捨てた村上春樹」と取り上げ、「無国籍的だと指摘され続けてきたが、母語であった関西弁を捨てたところから始まっているといえるだろう」としながらも「それはそれでええやんけ。それも悪くない、や」と愛も感じられるから、おかしい。

 このほか、泉州弁で書ききった和田竜『村上海賊の娘』は、NHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」で方言指導した岸和田出身の女優、林英世さんが和田さんから渡されたゲラに真っ赤に朱を入れたとか、山崎豊子の「船場もの」には、「船場の文化資本」のいやらしさが感じられるという指摘などを興味深く読んだ。

 関西、大阪が一筋縄ではいかないように、その文学もまた奥が深いのである。  

  • 書名 K氏の大阪弁ブンガク論
  • 監修・編集・著者名江弘毅 著
  • 出版社名ミシマ社
  • 出版年月日2018年7月 2日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・253ページ
  • ISBN9784909394101
 

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