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95歳の名誉会長が「戦争は二度と起こしてはいけない」と訓話した量販会社

戦争体験と経営者

 長く経済や経営の話を取材してきたジャーナリスト、立石泰則さんが珍しく戦争がらみのことを題材に書いたのが『戦争体験と経営者』 (岩波新書)。経営者の取材をする中で、問わず語りに聞いた話を改めて備忘録のような形でつづった。たんたんとした記述の中に、戦後成功した経営者たちの意外な一面がのぞく。

「異議あり」と財界重鎮に反論

 冒頭に登場するのはダイエーの中内功氏。召集され、フィリピンで死線をくぐり、ミミズでもヒルでも食べられるものはなんでも口にして生き延びた。「人肉食い」のうわさも蔓延し、戦友に食われるかもしれないと思うと、夜もおちおち寝られなかったという。敵の手榴弾で重傷を負いつつ敗走を重ね、終戦で捕虜になり、復員。「生活必需品が安心して買える社会」をめざし、ダイエーを成功させる。

 戦後、関西財界セミナーに出席したときの話が紹介されている。関西財界の重鎮・住友金属の日向方斉氏が憲法改正や防衛力強化を語ったとき、「異議あり」と反論した。

 「かつての日本は、大東亜共栄圏建設の美名のもとに侵略の過ちを犯した。戦争中、朝鮮半島、中国、アジア諸国を侵略したことを知らないとは言わせない...あなたは日本をあのいまいましい時代に引き戻そうというんですか」

 もちろん日向氏は激高、以来、中内氏はこのセミナーには出席しなくなったという。

特攻につながる人命軽視の戦術

 余り知られてないと思われる話では、「ケーズデンキ」の創業者だった加藤馨名誉会長の一代記が興味深い。母子家庭だったこともあり、陸軍軍人を志願し1937年、ソ満国境に配属される。通信や暗号担当。39年には日本が大敗したノモンハン事件に遭遇した。日本軍は最新鋭のソ連軍に歯が立たない。地雷を持って塹壕に隠れ、ソ連戦車が接近してきたらキャタピラーを壊すことを狙って投げつける方針を採る。兵士はよほどうまくいかないと死んでしまう。のちの特攻につながる人命軽視の戦術だった。

 その後は南方に回され、ラバウル、ニューギニアへ。戦況は悪化しており、武器もない。とうぜん撤退すべき場所に、前進の命令が来る。大本営の方針は一線の状況と大きくかけ離れていた。戦後は、通信技術の能力を生かしてラジオ商になり、夫婦二人の店からスタート、無料修理サービスなどで評判を上げ、現在の「ケーズデンキ」を築き上げた。

 2012年、第二次安倍政権が誕生して、「憲法改正」論議が浮上する。95歳になっていた加藤氏はとつぜん本社の課長以上を集めるように指示し、本社会議室で自分の体験をもとに話し始めた。

 「みなさん、よく聞いておいてください。戦争は二度と起こしてはいけないものです。あってはいけないものです...」

最初に「戦争」を排除するコンセンサス

 立石さんは経営者に長年取材してきたことを振り返りつつ、「戦争体験」の有無で明確な一戦が引ける、と書いている。

 確かにこの本に登場していない人物も含めて、一時代前まで財界、経済界には戦争体験者があふれて、立場はさまざまながらニラミを利かせていた気がする。それに引きかえ、最近は経団連や経済同友会などという業界団体を見回しても、総じてトップに迫力がなくなり、名前すらも思い浮かばないことが多い。

 立石さんは仕事柄、そうした経営者の世代間ギャップを目の当たりにしてきた。従来「反戦」や「平和」、「イデオロギー」とは距離を置いた著作活動をしてきたが、「世の中がキナ臭くなると、そうも言っていられなくなる」。

 「国会で共謀罪や司法取引を認める刑事訴訟法改正など問題法案が、次々と与党の強引な手法で成立していく様を見せつけられるにつれ、やはり自分でも出来ることは何でもしなければと思い直すようになった」と執筆動機を語っている。

 経済ジャーナリストの視点から、先の戦争は軍部主導とはいえ、多くの国民が他国への侵略を支持した結果であり、その背景には昭和恐慌などによる貧困があったとみる。現在の日本を眺めると、実質賃金が下がる一方で、労働者の4割が非正規になり、多くの国民が貧しくなっている。そこからどうやって抜け出すか、その方法を冷静に考えたとき、最初に「戦争」を排除する、そうしたコンセンサスが国民の中にあることが大切だと思う、と記している。

  • 書名 戦争体験と経営者
  • 監修・編集・著者名立石 泰則 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年7月20日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書・224ページ
  • ISBN9784004317289
 

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