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一人のよそもの建築家がシャッター商店街を甦らせた

名古屋円頓寺商店街の奇跡

 名古屋の円頓寺商店街と言っても、名古屋以外の人にはわからないだろう。名古屋駅と名古屋城の中間に位置する古い小さな商店街だ。かつては名古屋の三大商店街だったがご多分にもれず近年、シャッター通りと化していた。それがこの10年で、にぎわいを取り戻したという。その秘密を探ったのが、本書『名古屋円頓寺商店街の奇跡』(講談社+α新書)だ。しかし、そう聞いてもかつて円頓寺商店街のすぐ近くに住んだことのある評者は、にわかに信じられなかった。あまりのさびれように当時はほとんど足を踏み入れたことがなかったからだ。知人が経営するギャラリーが最近、円頓寺かいわいに移転したと知り、「なぜあんなところに」といぶかっていたくらいだ。

 現在、名古屋の商業の中心は、名古屋駅前(「名駅」と呼ばれるが、正式な地名でもある)と中心部の栄に二極化している。かつての三大商店街の一つだった大須は、栄に隣接しており、東京の秋葉原と浅草を合わせたようなカオスな雰囲気で若者を引き付け、復活した。「世界コスプレサミット」も大須で開かれている。もう一つ、市街地の東北部に位置する大曽根は、アーケードを取り払い、現代アート風のオブジェを設置し、三角屋根に統一したモダンな店舗に模様替えしたが、この再開発が裏目に出た。著者は「コンセプト先行の街づくり」で、「長く商売をしている店舗にかかる負担が大きくのしかかる計画だった」ため、廃業した店も少なくなく、「空き地が点々としているという風景になってしまった」と書いている。

 さて円頓寺だが、たった一人の建築家の存在が奇跡を生んだという。市原正人さん。名古屋の別の地区出身の「よそもの」だが、円頓寺に惹かれ、足しげく通ううちに勝手に一人応援団として動き出した。空き家・空き店舗を再生するプロジェクトを立ち上げ、まず自らの店を始めた。かかわる以上、自分もリスクを取ったのだ。アートやアパレルを扱うギャラリーで、実質的な店主は奥さんが引き受けた。市原さんが自らリノベーションした。次に友人を誘い隣に洋風食堂を出店してもらった。2階には大家のおばあちゃんが住んだまま、1階は貸してもらい店を開くという例を作った。

 しだいに円頓寺で店をやりたいという人が出てきて、市原さんが打った次の手はサブリース(転貸借)。築50年の古いアパートを市原さんが借り、そこに手をいれて「また貸し」し、5軒の営業を始めた。

 商店街の古いアーケードを改修する際は、上に太陽光パネルを載せ売電することで商店主の負担を減らした。これも最初は無理と思われたが、条例が変わり可能に。商店街活性化のための補助金を得て完成させた。新しくなった2015年にはパリの最古の「パッサージュ」(アーケード街)と姉妹提携した。13年から「パリ祭」という秋祭りを続けてきた縁があった。

 さらに商店街のランドマークとなるカフェレストラン・ゲストハウス「喫茶、食堂、民宿。なごのや」が15年にオープン。宿泊者の4割という外国人が商店街を歩き、周辺の店で飲食、買い物をする。名古屋駅から徒歩15分、名古屋城にも近い立地がインバウンドの風に乗り、成功の要因となった。

織田信長以来の古い街

 空き家バンクがスタートし、今年(18年)でちょうど10年。この間、プロジェクトによって生まれた店は26軒、そのうち24軒が続いている。同じ業態の店はないという。

 失敗したとされる大曽根商店街の再開発には行政が深く関与していた。デザインとしてはモダンアートが導入された。対する円頓寺は市原さんという建築家が地元の協力も借りながら、ほぼ一人で進めた。清州越し(清州から名古屋へ織田信長が城下を移転したこと)以来の伝統、歴史が理念の核にあった。本書は、ひとりの志ある人間、しかも「よそもの」であっても実現したという貴重な成功例として参考になるだろう。著者の山口あゆみさんは、日本航空機内誌「SKYWARD」元編集長。

 地方都市の商店街の再生はいまや文学のテーマにもなるほど深刻な問題で、本欄では小説『メガネと放蕩娘』(山内マリコ著)を取り上げた。  

  • 書名 名古屋円頓寺商店街の奇跡
  • 監修・編集・著者名山口あゆみ 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年8月20日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書判・168ページ
  • ISBN9784062915229
 

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