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民法750条の夫婦同氏制の合憲性 (第13回)

学習院大学名誉教授 戸松秀典

1 はじめに

 前回までは、散歩の際に目にする事象について、憲法にかかわる問題を拾い出し、やわらかく考えるという方針、つまり「憲法――散歩をしながら考える」というテーマでした。今回からは、散歩の後に、書斎でやや立ち入って考えながら、憲法関係の問題点を提示することにします。そこで、本コラムの通しのテーマは、「憲法――散歩の後で考える」です。

 ただし、従来と同様、私が考え、疑問としているところを指摘することに努め、読者の皆さんといっしょに考えていきたいと思っております(注1)。そして、前回もふれたように、難問であるかのように思われがちの憲法問題の真の姿を追究していきたいと思います。

(注1)どうか、ご意見、感想などを編集部にお寄せいただくようお願いします。
    編集部へのご意見はこちらからお送りください。

2 夫婦同氏制がもたらす不都合

 取り上げる問題は、夫婦同氏制が違憲ではないかということです。

 夫婦同氏制は、よく知られていることですが、民法750条が「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めるところに基づくものです。これは、結婚の届をするにあたり、夫婦のどちらかの氏を選択できるのですから、憲法14条の男女平等の原則に反しないと、規定の解釈上は説明できます。しかし、これもよく知られているように、実際には96%以上の夫婦が夫の氏を選び、妻の方は、結婚までの氏をやめ夫の氏に変わることになります。この法規定の理念と現実との間に生じている差異は、女性の側に、不都合、不条理を負わせている事態を生んでいます。この事態は、日本国憲法の発足のときには予見していなかったかもしれないが(注2)、時の経過とともに、この事実上生じている女性差別の問題を解決することが求められているのですが、それが容易ではなく、難しい事態になっております。

(注2)これは言い過ぎで、男性支配の社会では、妻の姓を選択することは稀だろうけど、その余地を用意しておけば、平等原則の憲法秩序が存在する、というくらいに受け止められていたといった方がよいかもしれない。

この事態は、不都合、不条理な負担を負わされている女性――女性一般ではなく、社会的活動との関係で結婚前からの氏を維持したい、結婚により氏を変える選択をできない事情にあるから事実婚をせざるを得ない、などといったいろいろな個別の事情がある――をいかに救済するかの問題です。後述のように、国会が法改正を怠っていたため、また、最高裁判所が救済の役割を渋ったため、難しい問題となっています。

3 最高裁判所の合憲判断

 最高裁判所は、前回の本コラムで指摘したように、2015(平成27年)の12月に、この問題についての判断を下しました(注3)。その判断は、負担に耐えてきた女性たちに多大の失望をあたえることとなりました。私も、予想とは全く反する内容であったので、がっかりしました。しかし、憲法問題を感情論で語っても無意味ですので、その内容をごく簡略に要約します。

 (注3)判決の最大判平27・12・16民集69巻8号2586頁、判時2284号38頁では、やや分量の多い理由が述べられていますが、以前の最高裁判決と異なり分かりやすい文章ですので、一読を勧めます。また、前回も紹介した、戸松秀典=初宿正典・憲法判例第8版(有斐閣、2018年)108頁のⅢ-3-16でも、手っ取り早く読めます。

 最高裁判所大法廷の15人の裁判官のうち10人は、民法750条が憲法13条、14条、24条に保障されているの個人の尊厳、両性の平等、家族生活における個人の尊重といった価値に違反するとの主張に対して、かなりのことばを費やしてではあるが、否認の見解を示しています。法世界の権威者の論述ですから、反駁の余地を残さないような慎重な内容ですが、上告人である当人の痛みを正面からとりあげず、法制度の正当化の理由を全面にかかげていることが特徴だといえます。そして、結局は、長官である寺田裁判官の補足意見が述べているように、民法750条が生じさせている不都合を解決するのは、立法府である国会の役割で、裁判所ではないということです。

 すなわち、そこでは、「本件で上告人らが主張するのは,氏を同じくする夫婦に加えて氏を異にする夫婦を法律上の存在として認めないのは不合理であるということであり,いわば法律関係のメニューに望ましい選択肢が用意されていないことの不当性を指摘し,現行制度の不備を強調するものであるが,このような主張について憲法適合性審査の中で裁判所が積極的な評価を与えることには,本質的な難しさがある」などと述べられています。

 これに対しては、法律による不条理、不利益を被っている者を救済するのが裁判所の役割なのに、いかなる立法をすればよいかが難しいなどと、立法府の立法作業に関する困難さを強調するのは筋が違うのではないかといった疑問が生じないでしょうか。

 もっとも、この補足意見の立脚する立法裁量論については、司法部門と政治部門との間に働く作用として、分析すべきことが少なくないので、一方的批判をして済むわけでないようです。

4 違憲判断の余地

 そこで、最高裁判所にとっては、違憲判断を下す道はないのだろうか、検討する必要があります。

 まず、多数意見と異なる岡部裁判官による意見に注目します。それは、櫻井裁判官と鬼丸裁判官が同調した3人の女性裁判官の論述であることに重要な意味があります。

 その一部だけの抜き出しですが、次のように述べられています。すなわち、民法750条は、「婚姻の効力の一つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものである。しかし,婚姻は,戸籍法の定めるところにより,これを届け出ることによってその効力を生ずるとされ(民法739条1項),夫婦が称する氏は婚姻届の必要的記載事項である(戸籍法74条1号)。したがって,現時点においては,夫婦が称する氏を選択しなければならないことは,婚姻成立に不合理な要件を課したものとして婚姻の自由を制約するものである」と、断じている。それに加えて、多数意見が説く、家族との関係で認められる氏の意義について、「私もそのこと自体に異を唱えるわけではない。しかし,それは全く例外を許さないことの根拠になるものではない。離婚や再婚の増加,非婚化,晩婚化,高齢化などにより家族形態も多様化している現在において,氏が果たす家族の呼称という意義や機能をそれほどまでに重視することはできない」とし、多数意見が言及する婚姻前の氏の通称使用の有効性に対しても、「通称は便宜的なもので,使用の許否,許される範囲等が定まっているわけではなく,現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上,通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる」との批判を加えています。そして、「以上のとおりであるから,本件規定は,昭和22年の民法改正後,社会の変化とともにその合理性は徐々に揺らぎ,少なくとも現時点においては,夫婦が別の氏を称することを認めないものである点において,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っており,憲法24条に違反するものといわざるを得ない」と結論しています。すると、違憲の判断に至っているのだから、反対意見に当たるのではないかと思われます。

 しかし、民法750条の改正をしていない立法の不作為に対して、国家賠償法1条1項の適用の観点からみて違法の評価を下すことができないとし、多数意見と同じ結論に至っています。

 何だか納得できない結論ですが、先に指摘した立法裁量論に見られる限界がここに現われているのです。しかし、立ち入った議論は別の機会にします。

5 民法750条改正への再挑戦

 本コラムの執筆を始めようとしたとき、新聞に、「夫婦別姓 求める声再び 経営者ら、切り口変え提訴」という見出しの新聞記事(注4)が目に止まりました。それは、上でみた最高裁判所の合憲判決が社会で受け入れられたわけでなく、夫婦同氏の制度が仕事や日常生活で不便であることを訴える声が次第に大きくなっていて、訴訟が相次ぐ状態であることを取り上げている記事です。そこには、戸籍法は、日本人と外国人の結婚・離婚や、日本人同士の離婚の場合には、別姓を選ぶことが認められるのに、日本人同士の結婚では別姓を選ぶ規定がないことを挙げて、戸籍法の違憲を主張している例をもあげています。また、事実婚の男女7人が夫婦別姓を選んだため、法律婚ができず、不利益が生じていることを争って損害賠償請求の訴訟を提起している例にも触れられており、このように、2015年の最高裁判決の見直しを求める声は、高まっているといえるようです。

(注4)日経新聞2018年8月18日朝刊

 見直しのための訴訟の動きに対して下級裁判所の判断が出て、それが最高裁判所に到達するまでに時間がかかるうえ、最高裁判所が2015年判決の変更をするか否か定かではありません。そこで、国会の方が民法750条の改正に踏み切る可能性はないものか、検討してみる必要があります。

 民法750条の改正といっても、従来の夫婦同氏の制度に、いわゆる選択的夫婦別氏制を導入することが問題解決の方法です。これは、民法750条を正面から違憲無効と判断するのとは異なり、立法府に与える圧力はゆるやかです。そして、それを採用するか否かは、立法府が判断することだと、2015年の最高裁判所判決は、ボール投げているのです。判決の中で触れられているように、民法750条については,1994(平成6)年に法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして法務省民事局参事官室により公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で1996(平成8)年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」においては,選択的夫婦別氏制の採用という改正案が示されていました。ただし、その改正案が国会に提出される前に、自民党内における一部有力議員の反対(注5)により、改正の進行が停止されました。そのような状況に照らして、最高裁判所は、長官が説くように、立法裁量の問題とされたのです。私は、その一部の議員の主張は、現時点では、受け入れられなくなっているようだと観察しております。

(注5)その反対論は、選択的夫婦別氏制により家族の崩壊が生じるというのですが、すでに生じている家族ないし家庭の崩壊――子どもの貧困、離婚例の増加など――は、氏の問題でなく別のことに原因があり、まったく説得力を欠くと批判されています。

 このように、夫婦同氏制に加えて選択的夫婦別氏制を導入することは、さほど難しい問題ではないといえるようです。

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■著者プロフィール


tomatsu_pf.png 戸松 秀典 憲法学者。学習院大学名誉教授。

1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。

●著書等
『プレップ憲法(第4版)』(弘文堂、2016年)、『憲法』(弘文堂、2015年)、『論点体系 判例憲法1~3 ~裁判に憲法を活かすために~』(共編著、第一法規、2013年)、『憲法訴訟 第2版』(有斐閣、2008年)『憲法判例(第8版)』(有斐閣、2018年)、など著書論文多数。

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