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バイオテロはもう始まった? 壮大なスケールの犯行にあぜん

時限感染 殺戮のマトリョーシカ

 『このミステリーがすごい!』大賞を2017年に受賞した『がん消滅の罠 完全寛解の謎』は、これまでに40万部のベストセラーとなり、今年(2018年)春にはTBS系列でテレビドラマ化された。がんがきれいに消えるという「奇跡」が連続して起きたことをめぐるミステリーだ。著者の岩木一麻さんは、国立がん研究センター、放射線医学総合研究所に勤めたこともある元医学研究者。専門性の高いがん治療をわかりやすく、しかも迫真の筆致で描いたことが高く評価された。

 その岩木さんの最新作『時限感染 殺戮のマトリョーシカ』(宝島社)のテーマは、バイオテロ。さきごろ教祖麻原彰晃を含む13人の死刑が執行されたオウム真理教事件では、合成毒物サリンによる攻撃にさきがけて、ボツリヌス菌や炭疽菌をつかった犯行も明らかになった。さいわい失敗に終わり大事には至らなかったが、オウムは最初、バイオテロを意図していたのだ。『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』にその詳細が書かれている。だからバイオテロは決して絵空事ではないという前提で評者は本書に臨んだ。

 ヘルペスウイルスの研究をしていた女性大学教授の首なし死体が発見された。現場には引きずり出された内臓のほかに、寒天状の謎の物質と、バイオテロを予告する犯行声明が残されていた。猟奇殺人かといきり立つ捜査陣を嘲笑うように、犯人からの声明文がテレビ局に届けられる。「警察は南教授殺害事件の本質を隠ぺいしている。事件の本質は、遺伝子組み換えされた生物兵器であるマトリョーシカを我々が手にいれたことにある。少なくとも数十万人の命が奪われる。防ぐ術はない」。

 警視庁捜査一課の刑事・鎌木は大学時代に生物学を専攻した理屈っぽい変わり種。難病が原因で空手選手を断念した下谷署の女性刑事・桐生とコンビを組む。この二人のキャラクターが秀逸だ。

 事件は猟奇殺人なのか、バイオテロの予告は目くらましなのか、捜査陣同様に考え込む読者は著者からの挑戦を受ける。なんと作品は途中から倒叙ミステリーとなり、犯人視点で物語は進むのだ。このあとも常識外の展開が相次ぎ、読者は二度読みを余儀なくされる。壮大なスケールの犯行と著者の仕掛けにうなること必定だ。

 人はなぜ病気になるのか? そしてなぜ治療するのか? そんな骨太な哲学的命題が一見ミステリーの形を取りながら提示される。頭は何度も混乱するが、さわやかな読後感が残った。とてつもないスケールの作品だ。私たちはもう死の病に侵されているのかもしれない!  

  • 書名 時限感染 殺戮のマトリョーシカ
  • 監修・編集・著者名岩木一麻 著
  • 出版社名宝島社
  • 出版年月日2018年9月21日
  • 定価本体1380円+税
  • 判型・ページ数四六判・319ページ
  • ISBN9784800287731
 

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