読むべき本、見逃していない?

「天下人心政府を信ぜず、怨嗟の声路傍に喧々...」

  • 書名 江戸東京の明治維新
  • 監修・編集・著者名横山百合子 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年8月22日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書・224ページ
  • ISBN9784004317340
BOOKウォッチ編集部コメント

 明治維新で、江戸から東京に瞬時に変わったのではないことを本書『江戸東京の明治維新』(岩波新書)は克明に伝える。新政府の指示も試行錯誤し、武士も庶民も大混乱。当然ながらパソコンのワンクリックで画面変換するようにはいかなかった。「御一新」で150年前に東京のあちこちで起きていたパニックぶりを、史料に基づいて改めてたどる。

最初から「四民平等」ではなかった

 著者の横山百合子さんは1956年生まれ。東大国史学科を出て、いったん高校教師を務めた後、大学院で学び直し、現在は国立歴史民俗博物館教授。日本近世史専攻で、『明治維新と近世身分制の解体』(山川出版社)などの著書がある。

 一般に歴史書では、為政者側の動きを追うことが中心になる。権力奪取までの闘いや、その結果として発布された法令などの紹介が多い。そこだけたどっていると、変革が快刀乱麻のごとく断行され、人々は唯々諾々と従い、すべては恙なく進んだかのように思いがちだ。

 もちろん本書も、1867年10月の大政奉還、68年1月鳥羽伏見の戦いで徳川慶喜敗走、3月江戸城総攻撃延期、4月東征軍による江戸の占領統治開始と、節目の歴史的事実を追う。9月には元号が改められ明治となる。そして新施策が次々と布告され、実施が始まるのだが、それを受け止める側はどうだったのか。もちろんすんなりとはいかなかった。

 その象徴が「四民平等」。明治のリーダーたちが確かな展望をもって新しい時代を切り開いたように思い描きがちだが、新政府が最初から身分制の解体を意図していたとは考えにくい、と著者は記す。当初は、3つの身分に分けようとした。71年の廃藩置県までは、それが前提だったという。矛盾と葛藤の果てに、新政府は身分的統治の完全廃止へと飛躍したと見る。

人口の7割が入れ替わる

 というのも江戸時代は士農工商賤民という身分制度は、人々を拘束すると同時に、生活の根幹を支えていたからだ。身分制度の廃止は、そのまま既得権や職分を失うことにも直結する。著者はその動揺ぶりを武士、町民、遊郭、屠場という身分や場所から振り返る。

 まず武士。幕末の江戸の人口は100万人を超えていたが、半分の50万人は武家人口だった。江戸詰めの諸藩士や旗本の御家人が多かった。薩長主導の時代になり、他藩の藩士の多くは国帰り。一時は67万人ぐらいまで人口が激減した。諸藩邸は、もぬけのカラのような状態になり、建物も一部は焚き物に。あるいは新たに上京してきた公家や官軍側などの屋敷に変わる。本書では、江戸に残ったものの、食い詰めた旧幕臣が目ざとく借地業に邁進する姿などが活写されている。食うためにはぼんやりしていられないのだ。

 町民はどうか。もともと江戸の面積の7割は武家地で、15%ほどのところに、人口の半分以上の50万人ほどの町方が暮らしていた。その7~8割は下層民。武家人口の急減とそれによる商業、運輸、手工業の落ち込みで窮民が大量発生していた。人々の暮しは不安定になり、四ツ谷伝馬町を例にとると、維新前後の3~4年で人口の7割が入れ替わったという。1869(明治2)年4月、大久保利通が岩倉具視にあてた意見書で「天下人心政府を信ぜず、怨嗟の声路傍に喧々、真に武家の旧政を慕うに至る」と書いていることを紹介している。

遊女の怨念が火を付けた「吉原炎上」

 本書で一番興味深かったのは、遊郭関係だ。1872(明治5)年、芸娼妓解放令が出され遊女の人身売買が規制された。前借金で縛られた年季奉公人である遊女たちは妓楼から解放されることになった。

 このことに関連して、江戸時代がいかにひどかったか、著者は記す。19世紀以降、新吉原の全町焼失火災は13件。その半数以上は遊女たちによる放火だった。暴力と過酷な処遇に耐えかねて、「この姿で責め殺されるより、火を付け、憤りを晴らし、法の沙汰を受ける」という抗議の放火だ。「吉原炎上」という映画があったが、まさに炎には遊女の怨念が渦巻いていたのだ。

 本書では解放令で解放されたはずの遊女が、元の抱え主に戻され、再び奉公に出ろと強いられたので、もう遊女はやめたいと東京府に訴えたケースについても詳しく報告されている。法令ができても、なかなかその通りには物事が進まない。著者は多方面にわたって維新前後の混乱をたどっており、巻末には多数の先行研究についても丁寧に記されている。より詳しく知りたい人には参考になるだろう。

 社会の混乱、秩序の崩壊ということでは「敗戦」の記憶が今も生々しく伝わるが、「身分制」が解体した明治維新は、それ以上だったことが本書からうかがえる。いやはや本当にご苦労様でした...と、ご先祖様に言いたくなってしまう。

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