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二宮金次郎は子どものころ、読書していなかった!

危ない「道徳教科書」

 2018年度から小学校で「道徳」が正式な教科になった。19年からは中学校でも同じ扱いになる。使われている教科書はどんな内容なのか。何がどう教えられているのか。本書『危ない「道徳教科書」』(宝島社)は06年まで文科省のエリート官僚として長年教育行政に携わり、現在は評論家・教育学者として活躍する寺脇研さんが、さまざまな問題点を手厳しく論じたものだ。

 もちろん寺脇さんは、正式科目化には反対の立場だ。ウラもオモテも知り尽くした自家薬籠中のテーマなので、内容がこなれていてわかりやすい。

「星野君の二塁打」をどう読むか

 「道徳の教科書」といわれても、小学生の子どもを持つ親以外は、見たことがない人がほとんどだろう。小学校用では8社の教科書が検定に合格、それをもとに年35時間の授業が行われている。

 例えば6年生用の教科書では「星野君の二塁打」という話が登場する。監督の指示はバントだったが、打席に立った星野君はヒッティングに出て二塁打を放つ。この一打でチームは勝利し、市内野球選手権大会への出場を決めた。しかし、監督は不満だった。サインを無視した星野君に選手権大会への出場禁止を言い渡す。

 この話は学習指導要領に掲げられた「集団生活」との関連で取り上げられている。寺脇さんは、それを前提に子どもたちに議論させたならば、「監督の指示は絶対。守らなかった星野君が悪い」という意見が圧倒的に多くなるのは明らか、と懸念する。

 実際のところ、この話は「道徳」だけでは割り切れない要素が含まれている気がする。例えば長嶋茂雄選手の子ども時代なら、バントといわれても好球が来たら打ってしまうのではないか。なぜならスポーツ選手には、動物的なカンや瞬間的な判断力というものも要求されるからだ。小学校6年生ともなれば、すでに少年サッカーや野球チームでハイレベルの試合をしている児童も少なくないはずだ。監督の指示に唯々諾々としているだけでは、アスリートとして限界がある。ましてや監督がおかしな指示をした場合はどうなるか。著者は日大アメフトの例も引いて、むしろこちらの方が教材になると皮肉っている。

売れない手品師の話

 もう一つ紹介すると、定番教材といわれている「手品師」の話。売れない手品師が、町でしょんぼりしている子どもに出会った。得意の手品を披露して元気づける。明日も来るよ、と約束した。ところが突然、手品師に明日、大劇場で公演してくれというビッグな話が飛び込んでくる。手品師は迷ったが、子どもとの約束を優先し、「たった一人のお客様を前にして、次々とすばらしい手品を演じた」というのだ。

 この話の「学びの手引き」には「手品師のすばらしいところはどこでしょう」などという問いの例が掲載されているという。チャンスを捨てて、子どもとの約束を守った手品師はそんなにすばらしいのか。手品師の内心の葛藤はどうだったのか。寺脇さんは疑問を投げかける。

 先の「二塁打」では、正しいのは星野君か監督か、「手品師」では劇場に行くか、子どもとの約束を守るか。話がいずれも二者択一、単純化されすぎていないだろうか。手品師は、誰かに頼んで、「今日は急用ができた。明日は必ず行く」と言付けすればいいだけのことではないのか。実社会ではトラブルが起きた時、いろんな調整の仕方があるはずだ。

 10月8日の朝日新聞では「二宮金次郎」の話が取り上げられていた。幼少期から読書を重ねたと記述している教科書があるが、現当主によると、金次郎が読み書きを学んだのは10代後半だという。長年親しまれてきた逸話も、正しいとは限らない。

独自性が乏しい

 このように、「変だな」と思う事例も「道徳の教科書」には目に付く。なぜそんなことがおきているのか。寺脇さんによると、道徳が正式教科に決まってから教科書をつくるまでに時間が足りなかった。そこで多くの出版社は、すでに2014年に文科省が作成した副読本『私たちの道徳』に掲載されている事例を参考にした。全社の教科書に載っている話は、すべて『私たちの道徳』に掲載されているという。

 一般に「教科書」は、検定があるとはいえ、内容の幅は広い。例えば高校の「社会科」では、政府見解を丁寧に紹介する教科書もあれば、従軍慰安婦に言及している教科書もある。ところが道徳の教科書は上記の理由で似たり寄ったりになったという。

 「道徳」の前身「道徳の時間」は1958年からあったが、「教科外」。正式科目になるのは今回が初めてだ。「教育再生」を掲げる安倍政権の肝いりだという。採用された教科書には、安倍首相に近い立場の人が新設した出版社のものも含まれている。道徳は「徳」を教えるものだが、これはあまりにも「節度」にかけるのではないか、と寺脇さんは一部教科書の採用過程などにも疑問を挟んでいる。道徳は大人が範を垂れるものだが、安倍政権の森友・加計問題などは、どうなのか。

 教育現場では別の問題もある。「道徳」は、先生にとっては「評価」が大変なのだ。今のところ点数評価はしないことになっているそうだが、すでに民間出版社による教師用の「評価文例集」が出回っているという。「教科」だから、中学生の場合は、内申書にも影響する可能性もある。

 本書は、門外漢はもちろん現場の先生や父兄にとっても、参考になる話が多い。新しく教科として定められた「道徳」がどのようなものか、実相を知ることができるタイムリーな解説書といえる。

 BOOKウォッチでは道徳の副読本関連で『オカルト化する日本の教育』 (ちくま新書)、文科省の歴史では『文部省の研究――「理想の日本人像」を求めた百五十年』(文春新書)、元文部官僚の著書では『面従腹背』(毎日新聞出版)を取り上げている。

  • 書名 危ない「道徳教科書」
  • 監修・編集・著者名寺脇 研 著
  • 出版社名宝島社
  • 出版年月日2018年9月 1日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・223ページ
  • ISBN9784800286857

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