読むべき本、見逃していない?

「ナイチャーの社会学者」として沖縄への差別を語る

  • 書名 はじめての沖縄
  • サブタイトルよりみちパン!セ
  • 監修・編集・著者名岸 政彦 著
  • 出版社名新曜社
  • 出版年月日2018年5月 5日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数四六判・240ページ
  • ISBN9784788515628
BOOKウォッチ編集部コメント

 本書『はじめての沖縄』(新曜社)のタイトルは、旅行のガイドブックか沖縄問題の入門書のようだ。しかし、紹介されるのは、停車中に紙ナプキンでバレリーナを作るタクシー運転手のおじいや、自分の人生を語って目を赤くする桜坂のスナックママ、米兵に頼まれて日本兵の死体から金歯をとったことがある老人など数々の沖縄の人の語りと、著者の体験を通した思索。自ら撮った街角の何気ないスナップ写真も多くはさみ込まれ、分かりやすい解説本とはまったく違う、ざらりとした手触り感がある。

芥川賞と三島賞の候補にも

 著者の岸政彦さんは沖縄を研究する社会学者で、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。紀伊國屋じんぶん大賞2016を受賞した『断片的なものの社会学』(朝日出版社)は、マイノリティの人々の聞き取り調査などで出会い、分析できずにこぼれ落ちたエピソードの断片を集めたエッセイだった。学問はもともと、断片的な事実を分析して真実を見つけ出すものだが、人生の断片をその人の人生全体に一般化することは一つの暴力だとも感じてきた著者は、エピソードに意味付けすることを避ける。そのことで逆に、人生のかすかな輝きやつながりのもろさなどが浮かび上がり、味わい深い読後感があった。

 作家の高橋源一郎氏は「小説家とは、学問的なストーリーではなく、個人を見つめるのが仕事だから、岸さんの断片への傾注の仕方は小説家により近いのかもしれません」と、あるフォーラムで語っていた。この指摘に触れると、著者が実際に『ビニール傘』(新潮社)という小説を書き、芥川賞と三島賞の候補になったというのもうなずける。

「私が使っているものでよければお貸しします」

 本書では、沖縄の人々の日常のエピソードを交えながら様々な沖縄が語られるが、その思索はやはり安易な結論を避け、揺れ動く。

 沖縄の図書館でのこんな体験が登場する。冬の日、寒くて暖房を入れてほしいと職員に頼むと、暖房装置がないと言われる。仕方なく震えながら作業を続け、いったん昼食に出て席に戻ると、足元に小さな電気ストーブが置かれていた。そのストーブには沖縄らしい名字が書かれている。先ほどの職員に尋ねると、「私が使っているものでよければお貸しします」との答えが返ってきた--。

 著者は喜びながらも、本土の大都市にある図書館だったら、何らかの規則に違反する可能性があって私物を貸してくれないのではないか、と気づく。そして、「私たちは、規則を破らないと、他人に親切にできない。だから、無意味な規則というものは、できるだけ破ったほうがよい」「そういう『規則を破ることができるひと』が、沖縄にはたくさんいる」と書く。自分たちのことは自分たちで決める、そんな「自治の感覚」が沖縄には根付いているというのだ。この指摘は、一方で官僚的な組織のやり方に慣れた人間の無意識の冷たさをあぶり出す。

 また、戦後の沖縄経済の調査からも、著者は同じような感覚を嗅ぎ取る。長年の聞き取りでわかった復帰前の好景気ぶりなどを踏まえ、爆発的な人口増と都市部への集中が引き起こした住宅建設や設備投資こそが成長の大きな要因になったとし、「米軍に『感謝する』必要はない。この成長と変化は、沖縄の人びとが、自分たち自身で成し遂げたことなのだ」「そのなかで、お上に頼らずに自分たちで生きる生き方を選びとってきた」という。

20年余り沖縄に通って聞き取り調査

 沖縄に「ナイチャー」という言葉がある。「内地の人」という意味で、沖縄県以外の都道府県の人を指す。日常用語でこれほど明確に自分の県とその他を分けて表現する言葉は他にないそうだ。著者は、この区別を「内地の側からの沖縄への差別の、裏返しである」という。日本による琉球の併合、捨て石のように扱われての地上戦、戦後27年間の米軍統治、残された大量の軍事基地などの歴史を挙げ、本土と沖縄を「あくまでも、どこまでも、非対称的な、不平等な、一方的な関係だ」とする。そのうえで、沖縄を差別する側で生まれた「ナイチャーの社会学者」の立場に踏みとどまり、いまだ歴史的に清算されたとは言いがたい境界線の向こう側の沖縄を考えたい、と宣言している。

 20代に訪れて沖縄に恋焦がれ、研究テーマに据えてからは距離を取ろうと努め、もう20年余り沖縄に通って聞き取り調査を続けてきた著者だからこそ、その実感や戸惑いは私たちが沖縄を考える際の確かな手がかりになるだろう。書名の『はじめての沖縄』には、著者がはじめて出会った沖縄という意味がこもる。出会った頃にさかのぼって考えたことを綴った本書には、沖縄への愛情と理解をこんなに深めてきたのに、なお基地などの厳しい現実を変えるには足りないことへのもどかしさがにじんでいる。

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