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ロッキード事件は「アメリカの陰謀」ではなかった

田中角栄

 2018 年は田中角栄元首相(1918~1993)の生誕百年。ということで、メディアで名前を目にする機会が増えている。なんとなく「再評価」の機運が盛り上がっているように思えるが、本書『田中角栄――同心円でいこう』のスタンスはやや異なる。

 ミネルヴァ書房の歴史人物シリーズ「日本評伝選」の一冊ということもあって、どちらかといえばクールな記述が続く。

虚実、光と陰の乖離

 著者は政治学者の新川敏光・法政大学教授。昭和という時代を駆け抜けた田中元首相が目指した政治とは何だったのか、田中政治の軌跡を辿りながら、戦後民主主義を再考する、という学究的な視点からアプローチしている。

 田中元首相に関してはすでに多数の関連書が出ている。本書の巻末にも100冊以上が参考資料として列挙されている。著者自身、「本書は、これまでに刊行されたあまたの角栄本に多くを負っている」と断っている。

 では類書との違いは何か。おそらく、著者が政治学者であり、これまでの刊行物を冷静・客観的に読み込んで本書をまとめている、というところにあるのだろう。

 元秘書や近親者、親しかった記者などの「角栄本」は、生々しい記述にあふれるが、えてして「私だけが知っている田中角栄」が強調され、身びいきになりがちだ。さらには元首相自身が日経新聞で「私の履歴書」を掲載し、青年期までの日々を立志伝風に克明に描いている。一方で、批判者からの角栄本は、負の部分が強調されがちになる。元首相の虚実、光と陰の乖離は歴代の首相の中でも際立っている。

 本書は、極端に評価が分かれる元首相について、幅広く多方面に目配りしながら、丁寧に実像に迫ろうとする。田中角栄とはどういう人だったのかを虚飾を排して知るには適した本といえるのではないか。実際、著者は新潟大学で教鞭を取っていたこともあるが、元首相には会ったことがないという。

おおむね「立花説」に近い

 既存本の中で近年、大いに元首相を持ち上げたのは、ミリオンセラーになった石原慎太郎氏による『天才』(幻冬舎)だ。その記述は、元首相の「私の履歴書」をなぞったところが多い。たとえば、戦争末期から敗戦直後までの経緯はこうだ。

 「事務所として借りた家の家主の娘に好意以上のものを感じるようになり結婚。今までの個人企業を株式会社に変えると、年間の施工実績が全国50社に入るまでに育った...昭和19年には、理研の工場を朝鮮に移すという当時のお金で2000万円を超える大事業を請け負った。しかし敗戦でご破算。資産のすべてを朝鮮に寄付すると宣言して帰国した」

 このくだりは、田中批判で知られる立花隆氏の見解とはかなり異なる。立花氏は『田中角栄研究全記録』(講談社)の中で、元首相がとんとん拍子で飛躍するきっかけになったのは昭和17(1942)年、23歳の時に8歳年上の坂本はなさんと結婚したことだと指摘。はなさんの実家のかなり大きな土建業兼材木商「坂本組」の資産を受けついだことで、小さな設計事務所が、結婚翌年には社員100人以上の田中土建工業に急拡大したとみる。さらに、当時の関係者をたどり、朝鮮で請け負った工場移転の前払い金をそっくりいただき、その莫大な「アブク銭」を手に政治の世界に入ったとみていた。

 本書で新川さんがどう書いているか興味があったのだが、おおむね「立花説」に近いなと受け止めた。

虎の尾を踏んだのか

 もうひとつ、面白いと思ったのは「ロッキード事件陰謀説」についてのくだりだ。これも『天才』では強調されていた。元首相が独自の資源外交に乗り出したため、アメリカという支配者の虎の尾を踏んで怒りを買ったというのだ。

 本当のところはどうなのか。新川さんはわざわざページを割いて言及している。様々な関係者が唱える「謀略論」は1976年に発表された田原総一朗氏の「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」に行き着くという。新川さんによれば、田原氏がそのような「感触」を得たのは、元首相側近たちの話によるものであり、「穿った見方をすれば、田中側が意図的に流したものとも考えられるのである」。そして、「ロッキード事件は、多国籍企業の活動調査のなかから副産物として発見されたものであって、田中をピンポイントで狙ったわけではない」とくぎを刺す。

 これに類した指摘はこれまでも多くあったが、真っ当な政治学者の見解となると、やっぱりそうなんだと納得してしまう。

功罪を現代、ならびに後世に問う

 様々な逸脱があったにせよ、元首相が「情の政治家」として多くの人を魅了し、「日本列島改造論」という新しい政策を実行しようとした傑出した政治家であったことは疑いようがない。本書でも政治学者としてそのあたりは評価している。

 素人目で見ても、佐藤栄作氏が逡巡していた日中国交正常化を、政権を握るや直ちに実現したのはすごいことだと思う。佐藤氏も水面下で糸口を探っていたが、中華民国の蒋介石総統が日華平和条約で日本への賠償権を放棄してくれていたことへの恩義を重視し、断念した。側近だった浅利慶太氏が著書『時の光の中で』(文春文庫)でそう書き残している。今や日本と中国の貿易額は日米間をはるかに上回る。日本は米国よりも大きな貿易相手国を獲得したのだ。元首相の決断がその後の日本経済にどれほど貢献したことか。

 本書では「草創の時代」「若き血の叫び」から「田中伝説」「田中政治とは何だったのか」「ポスト田中政治の行方」まで順に論述されている。生誕100年というタイミングで、手際よく「田中角栄」をまとめなおし、その功罪を現代、ならびに後世に問う一冊だ。

  • 書名 田中角栄
  • サブタイトル同心円でいこう
  • 監修・編集・著者名新川 敏光 著
  • 出版社名ミネルヴァ書房
  • 出版年月日2018年9月12日
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数四六判・304ページ
  • ISBN9784623084258
 

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