読むべき本、見逃していない?

徳川将軍家ゆかりの「霊廟」が分譲販売されていた

  • 書名 墓が語る江戸の真実
  • 監修・編集・著者名岡崎 守恭 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2018年10月26日
  • 定価本体740円+税
  • 判型・ページ数新書・204ページ
  • ISBN9784106107863
BOOKウォッチ編集部コメント

 徳川家康は大坂城を攻め落とした後に豊臣秀吉の天守を埋め、場所を変えて新たな天守を築き自らの天下を示そうとした。歴史のなかではしばしば、前の時代を打ち消すために古い建物を破壊することが繰り返されてきた。「本当に昔のままなのは墓域、とりわけ供養塔を含む墓石である」という前口上にひかれて手に取ったのが本書『墓が語る江戸の真実』(新潮社)だ。

「江戸時代の愛憎と恩讐の物語10話」

 江戸時代の歴代徳川将軍の墓は、徳川家の菩提寺である増上寺か寛永寺に建てられている。15代目の徳川慶喜だけは「最後の将軍」であることにも関係するとみられる理由から、寛永寺に近い谷中霊園に眠る。その墓は神式だ。

 こうしたことからも墓が歴史を語っていることが感じられ、本書の著者はこう述べる。「専門家である必要はない。その墓所に赴こうと思うくらいの関心と少しの知識があれば、すぐに『なるほど』とうなずくことができる」。著者自身が研究者でもない「歴史好きの出張者」であり、その視点は、たとえてみれば、大河ドラマを見る視聴者のそれ。収められている「江戸時代の愛憎と恩讐の物語10話」は、俗説などもまじるものの確かに「なるほど」とうなずける。

 著者の岡崎守恭さんは、元日本経済新聞政治部長。1951年東京都板橋区生まれで、早稲田大学人文科卒業後に同社に入社し、北京支局長、大阪本社編集局長、常務執行役名古屋代表なども歴任し、歴史エッセイストとして、また、日経新聞時代の経験を生かし、日本の歴史や現代中国、国内政治などをテーマに執筆、講演活動を行っている。J-CAST BOOKウォッチでは以前に、岡崎さんの『自民党秘史 過ぎ去りし政治家の面影』(講談社新書)を紹介している。

「徳川将軍家御裏方霊廟」で宝塔など撤去し...

 著者は本書刊行の動機について、徳川家の菩提寺の一つ、寛永寺のことをあげる。歴史の証人としていつまでも存在し続けると考えていた墓所だが、実は消滅の可能性もあることが分かったという。同寺に隣接して、徳川将軍家の正室や生母が埋葬されていた「由緒ある墓域が姿を消し、知らないうちに一般墓所に変わっていってしまっているような例が出てきている」というのだ。

 その墓域は「徳川将軍家御裏方霊廟」。宝塔などが撤去されて跡地が霊園として分譲されているという。山手線沿いの日暮里駅と鶯谷駅の間の高台にあり墓域としては都心の一等地。2.64平方メートルの区画だと墓地使用料と墓石工事一式で1000万円に迫る価格という。埋葬者について書くのは今しかないと本書では、6代家宣の生母、長昌院(お保良)の生涯を取り上げている。

 10話のうち6話は徳川将軍家に関するもので、ほかには「お江と徳川忠長【高野山奥の院】」「春日局と淀藩稲葉家【湯島麟祥院】」「寺坂吉右衛門と赤穂義士【高輪泉岳寺】」など、小説や映画、ドラマでおなじみのテーマもあり、それらと比較しながら読み進めると味わいが増す。

 江戸時代のストーリーといえば、年末にかけては「忠臣蔵」がその「時季」を迎える。本書では、その舞台の一つであり、赤穂義士の大半が埋葬されている泉岳寺を訪ね、吉良邸に討ち入った赤穂浪人が47人、幕府の命で切腹したのが46人であるにもかかわらず、墓が48人分あることを確認している。

47士のうち切腹46人、墓は48基

 泉岳寺の墓石はもともと46基で、その後、いつかは分かっていないが、志を果たせぬまま自刃した萱野三平のものとみられる墓が加わり長く47基だったという。

 物語の「忠臣蔵」では、作品によって登場したりしなかったりするが、47番目の義士として足軽身分の寺坂吉右衛門がおり泉岳寺へ向かう途中でいなくなったことが知られている。怖くなって逃げ出したものなのか、大石内蔵助からの討ち入りを果たしたことの伝令役を務めるよう命じられてのことなのか。48基目の墓はこの寺坂のものとされ、墓石が並べられたのは、元禄時代からはるかに下り、慶応4年が明治元年(1868)に切り替わった年という。

 しかし、寺坂の墓石の戒名(遂道退身信士)だけが、武勇をたたえた他のものと異なり「逃げた人」とも取れるような言葉づかいで、その解釈の方が寺坂の実際の行動と符号するといわれてきた。著者はこの説に反対だ。

47番目の義士のナゾ

 「そんな寺坂を貶めるような戒名をわざわざ『義士』と一緒のところに墓石(供養塔)を建てることもないだろう。歴史学や碩学の専門家から指弾されるのを覚悟で言えば、ここは『道を遂げ身を退く』と読みたいところである」

 本書では、寺坂の討ち入り前後の経歴を詳しく調べ、討ち入りから45年後の83歳まで生きたことを報告。寺坂の墓と称するものは全国にあるという。本人による記録は残されておらず、子孫がまとめた「寺坂信行筆記」があるが、討ち入り後に本隊と別れたのは「仔細」あってのことで、その内容は分からないという。ただ、南麻布の曹渓寺にある本墓の戒名は「節岩了貞信士(せつがんりょうていしんじ)」とあり、著者は「『節』で始まり、『貞』で終わる。こちらはすっきりと納得がいく」と述べている。

 この項ではほかに、内蔵助の子孫のこと、浅野家再興の行方、吉良家のその後などについても述べられており、こちらを一読すれば、今年の「忠臣蔵」は、これまでと違った味わいになりそうだ。

 本欄では『墓石が語る江戸時代ーー大名・庶民の墓事情』なども紹介している。

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