読むべき本、見逃していない?

精神医療の専門家が「トランプ氏は大統領として危険」と警告

  • 書名 ドナルド・トランプの危険な兆候
  • サブタイトル精神科医たちは敢えて告発する
  • 監修・編集・著者名バンディ・リー 編、村松 太郎 訳
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年10月25日
  • 定価本体2500円+税
  • 判型・ページ数B6判・353ページ
  • ISBN9784000613019
BOOKウォッチ編集部コメント

 アメリカ大統領は内政や外交に強大な権限を持ち、数千発におよぶ核兵器発射の最終権限を持つ米軍最高司令官でもある。本書『ドナルド・トランプの危険な兆候』(岩波書店)は精神科医療の分野で世界をリードするアメリカの精神医療専門家らが中心になって、トランプ大統領のもつ危険性についてさまざまな角度から論じたものだ。

精神医学会の倫理規範に抗しても発言する

 アメリカ精神医学会にはゴールドウォーター・ルールという規定がある。これは「精神医療の専門家は直接診断していない公的人物について、職業的意見を述べたり、精神状態を議論したりすることを禁止」する倫理規範だ。1964年の大統領選で共和党から立候補したゴールドウォーター上院議員に対し、ある雑誌が大統領として適任かどうかを精神科医に投票させた。氏は雑誌を名誉毀損で訴え、裁判でも勝訴。ルールはこの苦い経験をもとに学会がつくった。

 本書で発言する学会の専門家は全員がこの規範に抵触していることを認識している。精神科医でハーバード大のジュディス・ハーマン教授と編者で精神科医のバンディ・リー氏はプロローグで、「全国民の生死を握っている人物が明らかに危険な精神的問題を持っているとき、それを社会に警告する義務を精神科医が怠れば、精神医学の信頼性はやはり失われるであろう」と述べる。「トランプ大統領の精神状態に問題があることは、精神科医でなくてもわかることである。メディアはいくつもの独自の診断名をつけている。『狂王』、『馬鹿者』、『感情錯乱』などがその例だ」と指摘する。

 本書は2017年4月、イェール大学で開かれた精神医療の専門家による対話集会の内容をもとに構成されている。実際に出席した専門家は40人ほどだったというが、トランプ氏がFBI長官を突然、解任した直後だったこともあって内外の注目を集めた。全体は3部構成で第Ⅰ部は「トランプ現象」と名付けられている。「刹那的快楽主義者トランプ」の節を書いたスタンフォード大のフィリップ・ジンバード名誉教授らは、トランプ氏の選挙期間中の発言を人格否定、女性蔑視、パラノイア、人種差別、自己肥大に分けて分析し、彼の性格の「ナルシシズム」と「いじめ行動」が「極端な刹那的快楽主義に重なることで、問題はさらに膨れあがる」と厳しく警告する。

 第I部では「トランプ自伝」を書くために30年前、若きトランプ氏と1年間行動をともにした著述家のトニー・シュワルツ氏が「何百時間も彼の話を聴き、彼の行動を見、彼の人生についてインタビューした。そんな私にとって、過去四か月間のトランプ大統領の言動はまったく驚くにはあたらなかった」と証言する。「見逃してならないのは、トランプの人生においては、彼がその日にこうだと思ったことが彼にとっての『事実』だということである。困ったときの彼は本能的に大言壮語する。明白な嘘もつく。私はそれを何度も見てきた」。

 第II部は「トランプ・ジレンマ」と題されている。学会の倫理規範に縛られ、発言を封じられた専門家の苦悩が語られる。ニューヨーク大のジェームズ・ギリガン教授は、米国の精神科医はゴールドウォーター・ルールとは正反対のタラソフ原則と呼ばれる規範にも縛られていると訴える。これはカリフォルニア最高裁の判決で、「ある患者が他人に対して危険と判断した場合は、被害を受けるおそれのある人にそれを知らせ、その危険を公にすることを義務付けられている」という内容。教授は「倫理的にも法的にも、タラソフ原則はゴールドウォーター・ルールに優先する」と考えている。

 教授は「私たちが提起している問題は、トランプが精神病であるかどうかではなく、彼が危険であるかどうかである」「トランプは現在、世界で最も強力な国家元首である。そして、最も衝動的で、傲慢で、無知で、無秩序で、滅茶苦茶で、理非をわきまえず、自己矛盾し、自己肥大し、自分の利益のためだけに仕事をする男である」と言葉の限りを尽くして批判する。

トランプ・エフェクトという新語まで誕生

 第III部の「トランプ・エフェクト」も心が暗くなる内容だ。トランプ大統領誕生で出現したアメリカ国内の深刻な社会的影響を指す新語だという。臨床心理士のジェニファー・パニング博士はアメリカ国民の半数以上がコントロール喪失感、無力感、氏がホワイトハウスにいることによる不確実な政治状況についての心配など「トランプ不安障害」ともいえる心理に陥っているとみている。

 精神分析医のトーマス・シンガー氏は、彼がポリティカル・コレクトネス(政治的公正さ)を攻撃目標にしたことに注目した。これは人種差別撤廃や弱者救済などに関する基本原則だが、「アンチ・ポリティカル・コレクトネスという彼の姿勢は、多くの人にとって、彼こそが『真実を語る』人間だというサインになった」「その証拠に、トランプが何をしようと、いかにたくさんの嘘をつこうと、世論調査が示している通り、彼の支持基盤は揺るがない」と指摘する。

 エピローグでは著名な言語学者でMIT名誉教授のノーム・チョムスキー氏が、トランプ氏当選の原動力になった白人労働者階級の政治的反乱について「彼らの生きた時代は閉塞と衰退の時代だった」と分析する。その一方で、「いま『世界を支配するのは誰か』をあらためて考えなければならない。民衆は無限の力を持つことができるし、現に持つことがある」と希望を捨てない。

 訳者の村松氏も慶応大准教授の精神科医だ。あとがきでは、「政治的立場ではなく、あくまでも中立的な科学者の立場から、たくさんの専門家がドナルド・トランプ氏の精神状態を分析したのが本書である。彼らの動機は、大統領選後に開かれたイェールカンファレンスのテーマ、『警告する義務』であった」と共感する。「まさかこの男が大統領に当選するとは思わなかったが、結果としてアメリカ国民が彼を選んだのは、それだけ彼が強力だったということか、それともそれだけアメリカが病んでいるということだろうか」と問いかけている。

 本書に綴られたのはアメリカの良心ともいうべき精神医療の専門家たちの叫びだろう。こうした批判をまったく無視する形で、世界を大混乱に陥れているトランプ氏。彼の言動やアメリカ政治、彼の支持者の心理に関心を持つ人には必読の内容だろう。専門的な内容もあるが、翻訳はこなれていてわかりやすい。

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)

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