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阿修羅像には、心の深化を映す6 つの顔があった

  • 書名 阿修羅像のひみつ
  • サブタイトル興福寺中金堂落慶記念
  • 監修・編集・著者名興福寺 監修、多川俊映/今津節生ほか 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2018年8月25日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・208ページ
  • ISBN9784022630759
BOOKウォッチ編集部コメント

 3 つの顔に6 本の腕がある三面六臂の阿修羅は、仏像彫刻の中でもとりわけ異形だ。しかし、興福寺の阿修羅像は、奇抜さや違和感とは程遠い。向かい合うと、あどけなさの残る内省的な表情と、しなやかに伸びる細い腕の絶妙な表現に心を奪われ、穏やかな感情に満たされる。本書『阿修羅像のひみつ』(朝日新聞出版)は、その像を大型X線CTスキャナで撮影したデータなどを9年にわたって解析調査した結果、新たに判明した事実などを報告して興味深い。

1300年の節目に記念事業

 奈良市の興福寺境内でこの秋、中心施設となる「中金堂」の落慶法要が営まれた。出現した高さ21メートルに及ぶ荘厳な天平様式の木造建築は、奈良では東大寺大仏殿に次ぐ規模となる。七度焼失して八度目、実に301年ぶりとなる中金堂再建は、寺が平城遷都とともに創建されて1300年の節目に取り組んだ記念事業だ。そしてもうひとつ、「国宝阿修羅展」(2009年、朝日新聞社など主催)も同じ記念事業として東京、九州の両国立博物館で開かれ、160万人余りを集めた。本書が報告する調査はこの展覧機会を活かして始まり、阿修羅像のX線撮影は、CTスキャナをいち早く導入した九州国立博物館で実施された。

 研究会メンバーで筆者の一人、奈良大学の今津節生教授(文化財保存科学)はCTスキャナによる調査について、文化財の「健康診断」であるとともに、当時の制作技法を調べ、隠された秘密を探るのが目的と説明する。健康診断の結果、阿修羅像は身長153センチ、体重15キロで、丈夫さを保っていることが確認された。極めて軽いのは、土で作った原型の表面に麻布を5層程度貼り重ねて漆で固めた後、原型を背中からかき出して内部を空洞にする「脱活乾漆」という技法で作られているからだ。

 3次元画像をもとに研究を進めた結果、3つの顔の表情にまつわる発見があった。阿修羅像の右の顔は下唇を噛んで溢れる思いをこらえ、左の顔は少し厳しい表情で前を向く。正面の顔は眉をひそめ、下まぶたが膨らんで涙をためているように見える。いずれも、決意と葛藤の間を揺れ動く繊細な心模様がにじむ。しかし、この3つの表情の内側に、別の3つの表情が隠されていることが今回の調査でわかったのだ。

 やはり研究会メンバーで筆者の山崎隆之・愛知県立芸術大学名誉教授(日本彫刻技法史)によると、土の原型と接していた内面の3次元データを使って原型を石膏で再現したところ、その表情は完成した像と大きな違いがあった。右面は口をかすかに開けて驚いたような表情を浮かべ、左面は完成像より多く怒りを含み、正面は両眉がつながって冷たく粗野な雰囲気だった。山崎名誉教授は、阿修羅像などを安置する西金堂造営を命じた光明皇后の意向が、像の制作途中で反映したのではないかという。

 阿修羅はかつて、戦争行為をやめないインドの悪神だったが、仏教に帰依して悪業を悔い改め、悟りを開いたとされる。原型の段階では、インドの神だった時の戦闘力を発揮する守護神の険しい表情で作られたものの、懺悔の大切さなどを説く『金光明最勝王経』という経典を信仰していた光明皇后の意向を受け、悟りを開く瞬間の柔らかい表情に変えられた、という推測が成り立つ。表と裏の6つの表情の中に、驚きから懺悔へ、気づきから反省へと深化する心理の軌跡を感じ取る山崎名誉教授は、顔立ちの幼さから、光明皇后が夭折した皇太子基王の面影を阿修羅像に重ね、追慕しようとした可能性も指摘している。

壮大な伝承プロジェクト

 さらに、阿修羅像は本当に合掌していたのか、という疑問に答えを出す調査結果もあった。明治期、一番前の右腕は肘から先が失われていたため、補って合掌する形に修理された。しかし、左腕の掌が身体の中心から左にずれ、外に向かって開いていたことから、もともとは宝具などを持っていたのではないかとの説が出ていた。研究会は3次元画像から心木や釘を3Dプリンターで再現し、筆者で仏師の矢野健一郎さんが心木構造を復元してみた。この結果、両腕は当初から体の正面で合掌していたことがわかったという。

 興福寺の多川俊映貫首は、本書の冒頭に寄せた一文で「右手と左手とを合わせれば、もはや右も左もない──。その合掌が示す世界こそ、阿修羅が守護する世界」と指摘し、合掌の姿が立証されたことを喜ぶ。そのうえで、現状維持を原則とする現在の修復と比べれば大きく踏み込み、腕を補って合掌の姿を蘇らせた明治期の修復について、「礼拝対象の仏像という観点からいえば、よくぞこのように補修してくれたという他はない」と評価する。

 阿修羅像は、地中から突然見つかった「埋蔵品」ではなく、人から人へと受け継がれてきた「伝世品」だ。安置されていた西金堂も度重なる火災に見舞われたが、その度に運び出され、補修されて伝わる。多川貫首はその長い歴史を踏まえ、こう記している。

 「受け継いだ先人たちが、その優品をまさに大切なものとして受け止め、それを次代に受け渡してきた。そして、そのプロセスそのものが文化であり、そういう文化ベースがあってこそ、有形文化財の伝世ということも果たされてきたわけである。このことは、私たちが日本の文化財を考える場合、きわめて重要なことだと思う」

 阿修羅像が生まれて約1300年。今につながる膨大な時間の流れと、受け継いできた無数の人々の労苦に思いを馳せると、目のくらむような壮大な伝承プロジェクトであることに改めて驚く。阿修羅像は、その重みと大切さを語り続ける証人でもある。

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