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マガジンハウスの連載をなぜ青土社が単行本に?

文化水流探訪記

 本書『文化水流探訪記』(青土社)は、マガジンハウスの雑誌「POPEYE」に6年間連載していたエッセイなどをもとに、青土社から単行本として出版されたものだ。著者の「やけのはら」さんのお名前は初めて知った。DJやラッパーなどとして活躍している「比類なき愛読家ミュージシャン」なのだという。

 本書に登場するのは、音楽家から作家、漫画家、映画監督、文化人、プロレスラーなど多彩な人々。いわば境界を超えたごった煮の「文化=culture=教養」案内書らしい。

植草甚一やプレスリー

 最先端の音楽シーンで人気があり、かつ読書家。そんな人がどんな本や人を取り上げているのか。ぱらぱらめくっていて気づいたのは、この本は「POPEYE=マガジンハウス」と詩誌「ユリイカ」を刊行する「青土社」がミックスした内容だなということ。たぶん、元々の連載の中に「青土社」の匂いがあったからこそ、青土社が食いついたのだろう。

 私見で恐縮だが、懐かしのエッセイスト植草甚一さんを取り上げた「今でも何かを探してる 植草甚一」、永遠のポップ・スターを懐かしむ「一九五六年のエルヴィス・プレスリー」、あるいは「ミスター・シティボーイ ムッシュかまやつ」「ドリーミング・デイ 山下達郎」などは、「POPEYE」っぽい感じがする。「『タモリ』という生き方 タモリ」「夢の人 アントニオ猪木」「少年は世界に歌った モータウン」なども同じだ。

 一方、「永い夏休み 大瀧詠一」「風に吹かれて 山上たつひこ」あたりで、少しニュアンスが変わってくる。

 ジャズミュージシャンでは、「きみを夢見る時に チェット・ベイカー」を紹介している。数少ない白人ジャズメンで、イケメン。トランぺッターにして中性的な甘い声のヴォーカリストとしても人気があった。この点では「POPEYE」的だが、著者は「無性にチェット・ベイカーを聴きたくなる夜がある」と書き始め、ドラッグ中毒になって頻繁にトラブルを起こした彼は1988年5月13日、「オランダのホテルの窓から転落し、死んだ」と締める。このあたりは、なんとなく、「青土社」に近づくような気がする。

あがた森魚や浅川マキ

 さらに踏み込んで「異界へ 諸星大二郎」「コーヒー・カップに乗ってきます 高田渡」「二〇世紀の夏にキスをした永遠の少年 あがた森魚」・・・このあたりは「POPEYE」から少々離れるのではないか。さらに岡林信康や加川良などの作品を発表したインディーズ・レーベルについて語る「自分のやり方 URC」、そして最後のあたりで「長いお別れの 遥か先まで」と題して浅川マキが出て来ると、いちだんと青土社に近づく。

 1980年生まれの著者は、もちろんフォーク世代や浅川マキとは接点がないはず。しかし、ミュージシャンだからか、丹念にフォローしている。「浅川マキのことをよく知らない」と前置きしながらも、「浅川マキの描いた闇や影は、それでも、つねにそこからうっすらと見える僅かな光も描いていたように思う。僅かな光は、闇の中からだからこそ、より一層、淡く、美しく、見た者、聞いた者の心に、美しい残像を残すのだ」と強調する。なかなかの名文だ。

 ミュージシャンにはむかしから、例えば坂本龍一さんのように読書家が少なくない。最近では吉本隆明さんが亡くなった時、ロックバンド「サンボマスター」「猪苗代湖ズ」の山口隆さんや、「サカナクション」の山口一郎さんがコメントを出していてちょっと驚ろいたことがある。アジカンの後藤正文さんは朝日新聞でコラムを書いているし、寺尾紗穂さんは今や朝日新聞の書評委員だ。境界を超えて活躍する人が増えるのは、カルチャーが活性化して望ましいことだと思う。本書も、出版社のおぼろげな境界を越えている気がする。

  • 書名 文化水流探訪記
  • 監修・編集・著者名やけのはら 著
  • 出版社名青土社
  • 出版年月日2018年10月23日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・236ページ
  • ISBN9784791771080
 

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