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将軍と大名が風呂でゆびきり、約束したのは...

大名家の秘密

 いくら忍者がいたとしても江戸城の奥深くまでは入り込むのは不可能だっただろう。ところが、まるで将軍専用の風呂場に忍び込んでその様子を記録した秘密文書が遺されているという。その内容はというと、3代家光が、いとこで高松藩主に就いたばかりの松平頼重と湯殿をともにし、もっと石高の多いところへの移封を約束したなどと報告されている。

 どこのだれがこんなものを書き残したのか。頼重を初代藩主として開かれた高松藩で門外不出とされた「盛衰記」。本書『大名家の秘密』(草思社)は、同書と類書を読み解きまとめられたもの。忠臣美談などの「武士道」とはイメージがまったく異なり、なかには相当に倒錯した世界が描かれている。

もっと石高多いところに...

 湯殿の場面は、家光39歳、頼重21歳のとき。家光が頼重に、四国・香川県の高松藩12万石をあたえたばかりのころだった。湯殿といっても、この時代のそれは、サウナのような蒸し風呂という。

 頼重は、のちに茨城・水戸藩28万石の藩主となる徳川光圀の6歳上の兄で、家康の末子、頼房の最初の子だった。光圀は「水戸黄門」として知られる。家光は2代秀忠の長男でありながら両親に嫌われ継嗣の立場を追われそうになった経緯があり、頼重とはともに親子の情愛から疎外された者同士として絆を求めたとみられる。

 家光は頼重に「水戸と同格の大名」を約束。2人は手を取り合って「ゆびきりかまきり、ゆびきりかまきり」(現代のゆびきりげんまん)と唱えた。

高松藩と水戸藩のねじれ

 高松藩はその後、2代目藩主に松平頼常が就く。頼常は光圀の長男。それにもかかわらず水戸藩を継がず、頼重の養子に入ったものだ。光圀は、本来は頼重が継ぐべきだった水戸徳川家を自分が継いだことを悔い、兄の子を水戸藩主に迎えようと決意。そのため光圀は、かつて頼重について頼房がそうしたように、頼常を強制的に水にする(堕胎する)よう命じる。しかし頼重の尽力により無事に誕生。京都で身を隠したのち極秘裏に高松に迎えられたものだ。

 藩主となった頼常については「盛衰記」には、その奇行ぶりや小者との間の異常に親しげなやりとりなどが描かれる。小者の名は「三右衛門」。頼常にいくら無礼なことをいっても、頼常が「馬鹿め」の一言で許すのを近臣たちが何度も目撃していたという。また、頼重が家光と江戸城の湯殿でゆびきりした話は頼重自身が後年、近臣に語ったものと思われる。

藩史編さんの仕事の延長か

 「盛衰記」の主人公は、頼重と頼常。そして、二人と密接な関係がある光圀もしばしば登場する。筆者は高松藩士、小神野与兵衛(おがのよへえ)。藩で長く藩史編さんのような仕事をしていたらしい。公的な記録に接する機会が多く、それらを自由に閲覧できたことから私家版の藩史執筆の意欲にかられたのかもしれない。

 職を退いてから古老らに取材を重ね、さまざまなエピソードを集めてまとめあげたものとみられる。その内容から評判を呼び藩内では写本が盛んに出回ったという。なかには、後年、やはり藩士の中村十竹が、同書の記述を検討し、藩主を貶めるような部分などで削除と加筆を施した「消暑漫筆」というのがあり、両書に出会った著者の氏家幹人さんが合わせた解読を試みて、本書にまとめあげた。

 氏家さんは1954年福島県生まれの歴史学者。東京教育大学(筑波大学設置に伴い廃校)卒業、日本近世史を専門とし主に江戸時代の性、老い、家族などを中心テーマとして独自の切り口で研究を続けている。「40年以上も江戸時代の史料と関わり、性愛や死体、刑罰、犯罪などを研究テーマ」として取り組んでおり、自らを「異端」と評するが、そんな著者にとってもこの「盛衰記」は、奇書に属するものらしい。「これほど目からウロコの記述は記憶にない」という。

 なかには「子流し」「子殺し」など、ややおどろおどろしい世界を描くパートもあるが、裏面史エピソード集として楽しめる一冊。

  • 書名 大名家の秘密
  • サブタイトル秘史『盛衰記』を読む
  • 監修・編集・著者名氏家 幹人 著
  • 出版社名草思社
  • 出版年月日2018年9月25日
  • 定価本体2000円+税
  • 判型・ページ数四六判・288ページ
  • ISBN9784794223531
 

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