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「水道民営化」と「図書館民営化」の恐るべき類似

公共図書館運営の新たな動向

 公立図書館に関しては近年、いろいろな動きがある。東京都練馬区で2018年12月、区立図書館の運営を民間に任せるかどうかをめぐり、区教育委員会と図書館司書の組合が対立、ストライキ突入寸前というニュースも流れた。J-CASTでも報じた

 利用者にとっても他人事ではない。そのあたりもふくめて、近年の様々な動きを専門の研究者が丁寧にまとめたのが本書『公共図書館運営の新たな動向』(勉誠出版)だ。

民間参入で揺れる

 練馬区で問題になった民間委託については、本書で概況がつかめる。2003年、地方自治法の改正で公の施設に指定管理者制度が導入された。16年の統計によると、都道府県の図書館の11%、指定都市では22%、市区町村では16%でこの制度が導入されている。類似施設の文化会館が90~50%、博物館が50~27%に比べるとまだ低い。図書館については「増加傾向にあるものの伸びは緩やか」であり、「慎重な姿勢がうかがえる」と本書は分析している。

 すでに民間企業を指定管理業者としているのは全国で508館。そのうち333館が特定の一社、図書館流通センターが請け負っているというのには驚いた。数年前、佐賀県武雄市の図書館を、TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)運営するという話が注目されたが、同社の運営はまだ7館のみ。

 一方で、本書では、こうした「民間委託」の動きに対する反動も記している。いったん民間委託したが、「直営」に戻ったところが17館あるというのだ。その事情は様々だが、興味深い。最近話題の「水道事業の民営化」と、ちょっと似ている感じがした。世界各国で、過去に民営化した水道事業を、再び公営に戻すところが少なくないという。

窓口が劣化していない?

 特定の一社が、大半の「民営」を担っていることについて、本書では、図書館の管理運営が単に施設の管理にとどまらず、書誌データの作成、窓口業務など「サービスの提供」が重視されることを挙げている。したがってノウハウ、実績のある一社に集中することになっているというわけだ。

 しかし、それなら、そもそも「司書」が不要ではないかという疑問も出てくるだろう。年間100冊以上の書籍をあちこちの図書館から借りている評者が最近痛感するのは「窓口担当者の劣化」だ。

 例えば都心のある区の図書館のケース。業務は民間に委託されている。HPをリニューアルしたのはいいが、操作方法がややこしくて、評者はうまく予約できない。HPのどこを見てもよくわからない。そこで窓口に直接行って聞いたのだが、係員も当惑するばかり。一緒になってパソコンを操作してわかったことがある。係員(民間)は一度も自分の図書館の㏋で、本を予約したことがないのだ。評者と一緒になって、おかしいですね、などと言っている。鳴り物入りでリニューアルしたのに、いったいどうなっているのかとあきれてしまった。

全国的な視野で概観できる

 本書は勉誠出版の「わかる! 図書館情報学シリーズ」の5冊目だ。最終回になる。「公共図書館における計画と評価」「指定管理者制度の新たな動向」「都道府県図書館の新たな動向」「図書館における経営組織と司書の専門性」「公共図書館運営における住民との『協働』」「個人情報保護と図書館」「図書館建築の動向」「公共施設再編と公立図書館」の8章に分けて、図書館が直面している「新しい動向」を8人が手分けして、コンパクトに解説している。

 筆者はいずれも図書館問題の研究者。内容的にダブるところがなく、データも新しい。日本図書館情報学会研究委員会の編集ということだが、よく整理されている。図書館関係の本では売れ行きトップらしい。

 さて、本書で特に記憶に残ったのは、民間委託を直営に戻した下関市立中央図書館の話だ。理由の一つとして「レファレンスサービスの充実が難しい」ことが挙げられていた。図書館民営化の根幹はこの「レファレンスサービス」にあると思う。一口で言えば、専門知識を持つ司書が、利用者の相談に乗る、ということだが、それにとどまらない。「知の拠点」である図書館のレベルアップ、ひいては地域を育てることにつながる。それをやめるのか続けるのか。担当者の「力量」「図書館愛」がもっとも問われるのが「レファレンスサービス」だ。東京・広尾の東京都立中央図書館に行ってみれば、誰しも必要性を実感できるだろう。主催している様々なイベントや特集もレベルが高い。もちろんすべての図書館で同じことはできないだろうが。

地域の事例も豊富

 ネット社会になって、レファレンス機能はネットに移りつつあるともいえる。図書館の㏋で本を予約し、実際に図書館に行くのは本の受け渡しと返却の時のみ、という人も少なくないだろう。しかし、ヤフー出身で、現在は図書館プロデューサーとして各地の図書館にアドバイスする立場の岡本真さんは、近著『未来の図書館、はじめます』(青弓社)で、このレファレンス機能をことのほか重視していた。「下関市立中央図書館」のケースは、案外、大きな意味を持つのではないか。

 全国的な動向とともに、上記の下関のように、本書は地域のユニークな事例も豊富だ。まさに全国の図書館で備えるべき一冊といえる。新聞なら、この本をタネ本にして100回の連載ができるだろう。地方紙や地方支局の記者の場合、地元の図書館がどんな問題を抱え、全国的に見てそれがどういう意味を持つのか、たいがい知らないはずだから、参考になるはずだ。

 本欄では図書館関係で、『図書館さんぽ――本のある空間で世界を広げる』(駒草出版)、『司書のお仕事』(勉誠出版)、『図書館のこれまでとこれから』(青弓社)なども紹介している。

  • 書名 公共図書館運営の新たな動向
  • サブタイトルわかる! 図書館情報学シリーズ 5
  • 監修・編集・著者名日本図書館情報学会研究委員会 編集
  • 出版社名勉誠出版
  • 出版年月日2018年10月31日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・176ページ
  • ISBN9784585205050
 

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