読むべき本、見逃していない?

日本は「ボルト一本」つくるのにも苦労した

  • 書名 維新と科学
  • 監修・編集・著者名武田 楠雄 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日1972年3月 1日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書・218ページ
  • ISBN9784004160663

 浅学にしてこんな本があることを知らなかった。結論から言えばすごい本だ。『維新と科学』(岩波新書)。もともと1972年に刊行され、2018年10月に4刷がアンコール復刊された。著者の武田楠雄氏は数学者。すでに1967年に亡くなっている。

「蒸気船をわれらの手で」

 何がすごいかというと、まず明治維新を、早々と科学という側面から縦横に分析していることである。ふつうは、歴史学の立場からのアプローチになり、政治や外交の話が中心になる。ところが本書は、維新に向かうドタバタぶりを、日本における西欧科学の受容史としてクールに見つめ直す。

 初めに登場するのは「黒船」だ。1853年、とつぜん江戸湾に出現した4隻のアメリカ軍艦に日本人は腰を抜かした。石炭を炊いて走る汽船という「科学」に仰天したのだ。そこで「蒸気船をわれらの手で」と国内でも大船建造計画が動き出す。本書はその様子を活写する。幕府は水戸藩に大船建造を委託するが、思った以上に難しかった。造船を指示された担当者はこう語っている。

 「私は造船術の蘭書を命によって翻訳いたしまして、書物の上では一応承知はいたしておりますものの、大船を造ったことはもちろん乗船した経験もありませんので、はたして釣合のとれた、きちんとした大船がつくれるかどうか自信がございません」

 二年がかりで600~700トンの船が56年にできたが、正常な姿では浮かばない。静水を航行することすら困難だった。正式な名前は「旭日丸」と名づけられたが、陰では「厄介丸」といわれていたそうだ。

幕藩が購入を競い合う

 本書はこのように、「黒船ショック」を手はじめとして、維新期の科学史を「日本最初の重工業--長崎造船所」、「勝海舟と坂本竜馬――神戸海軍伝習所を中心に」、「新任フランス公使ロセス――横須賀の誕生」、「大福帖から銃剣へ――幕末日本数学の変貌」、「維新の洋学者たち」など14話にわけて、様々なエピソードも交えながら紹介している。

 諸藩の中では薩摩藩がいち早く大型蒸気船の建造に着手したが苦しんだ。「金属版に穴を一つ開けるのでさえ容易な業ではありません」と当時の藩士が述懐している。

 製造担当者が最も困難を感じたものの一つはネジ類だったという。ボルト一本作るのもヤスリによる手作業だったからだ。シリンダの長さからすれば12馬力ほどの出力があるはずなのだが、コンデンサに漏洩部があったりして2、3馬力しか出ない。工具もそろわず、工作機械もない。パッキングも不備な当時としてはこれが精いっぱいのところであっただろうと、著者は記している。

 こうして日本で蒸気船を造るという計画はいったん断念することを強いられる。外国から買い入れるしかないということになったのだ。そこで英国商人のグラバーらが売りつけに狂奔、幕藩が購入を競い合うことになる。

 勝海舟や福沢諭吉も乗った有名な咸臨丸はオランダで製造されたものだった。

もとは私家本

 著者の武田楠雄氏は、いまではほとんど忘れられた人だ。本書の略歴によると、1909年生まれ。京都大学の理学部数学科を卒業し、満鉄の技術研究員になる。戦後はあちこちの大学で教えたが、体調が思わしくなく、工学院大学教授のポストだけに絞り、研究に専念された人だという。

 有名な数学者で科学史家でもあった小倉金之助(1885~1962)は武田氏のことを高く評価していたそうだ。世界的な科学者バナールと対等に議論できる日本人は武田君しかいない、と周囲に語っていたという。

 本書はもともと、武田氏が、喜寿を迎えた小倉氏を慰めるための私信、「先生への閑談」として書かれたものだ。私家本として少部数が刊行された。それが評判になって、武田氏の没後に岩波新書になったという経緯をたどっている。

 武田氏の著作の中には『数学における東西交渉の初期段階』というのがあるそうだ。531ページの大著だ。本書の「あとがき」で日本科学史学会会長も務めた平田寛氏は『数学における・・・』について「中国語、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ラテン語による文献の質と量」に驚いたと書いている。

薩摩藩は藩ぐるみの大きな密貿易者

 以上から想像するに、武田氏が飛び抜けた能力の持主だったことは間違いない。しかも本書を見ると、数学はもちろん科学以外の分野についても目利きで博識だったことがうかがえる。たとえば、黒船来航につては、1852年の6月に、オランダ出島の商館長クルチウスが、アメリカ艦隊が近々日本に開国を求めてやってくることを予報していたと書いている。1960年代初めごろの知識としてはかなり早かったのではないだろうか。当時はまだ中学校の教科書では「黒船は予告なく来航」と教えていたはずだ。

 優れた研究者の常として、孤高の傾向もあったようだ。かなりストレートな表現もあって、そこがまた本書の面白さだ。

 「大型帆船や蒸気船の製造に最も意欲的だったのは薩摩藩であった。元来薩摩藩は藩ぐるみの大きな密貿易者だった」などと言い切る。

 文章も陰影に富んでいる。

 「江戸がいくらか生気をとりもどしたのは上野のいくさ(五月)がすんだころからである。やがて一六代様(田安亀之助)が駿府に去り、かわって北の内乱で分捕った紅い女の衣裳を身につけた物騒な若人が江戸を闊歩するようになる。時代ははっきり変ったのである」という具合だ。

 このように本書の楽しみ方はいろいろある。科学史本としての読み方もあれば、混乱ぶりを記した世相本としても楽しめる。もともと「先生への閑談」として書かれたものだから読者を飽きさせない。歴史好きはもちろん、科学に関心がある中高生、大学生らにも興味深く参考になるだろう。

 関連で本欄では、『近代日本一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書)、『江戸の科学者――西洋に挑んだ異才列伝』(平凡社)、『江戸時代のハイテク・イノベーター列伝』(言視舎)、『江戸東京の明治維新』(岩波新書)、『榎本武揚と明治維新』(岩波ジュニア新書)なども紹介している。

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