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午前中に株価が下がると、午後に「買い」に入るのは・・・

日銀バブルが日本を蝕む

   経済のことはよくわからないが、何かと気になる。そんな人が本書『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)を読むと、なるほどそうだったのか、と合点がいくところが多いのではないかと思った。

   都心の地価やマンションが高騰する。アパート経営などに手を出したサラリーマンらが痛い目に合う。本書はそうした近年のちょっと浮かれた経済現象を「日銀バブル」と名付けて日銀の責任をただす。もちろん様々な根拠が挙げられているが、これほどストレートな日銀批判は珍しいのではないか。

「自己資本ゼロ」の融資

   著者の藤田知也さんは朝日新聞記者だ。2016年から2年ほど経済部で日銀担当をしていた。その経験をもとに本書を著している。だから素人の日銀批判ではない。

   藤田さんはその少し前まで約10年間、「週刊朝日」の記者をしていた。事件が起きるたびに全国を飛び回っていたそうだ。したがって、経済記者になっても、週刊誌記者時代と同じようにフットワークよく現場に行き、いろいろ調べて関係者の話を聞く。そして、取材した結果はこうですよ、と分かりやすく報告する。本書でもそうした庶民目線が徹底している。

   朝日新聞を注意深く読んでいた人なら、「スルガ銀行」に関する記事で、藤田記者の署名記事を何度か見た記憶があるだろう。日銀担当記者は都銀や地銀も担当しているから、当たり前ではあるのだが、地方銀行の不正融資について、日銀担当が被害者などにも当たって何度も記事を書くのは珍しい。ずいぶん熱心な記者だなという印象を持っていたが、もともと週刊誌記者だったということでナットクした。

   本書でもイントロ部分は、このスルガ銀行などの話から始まっている。シェアハウスがらみの投資話に、多数の普通のサラリーマンらが引っかかり、被害者になった。シェアハウスの運営会社が行き詰ったのだ。なぜ引っかかったのか。頭金ゼロでもお金を貸してくれるスルガ銀行の存在が大きかった。しかも、そうした「自己資本ゼロ」での融資には、いくつもの不正行為を組み合わせたカラクリがあった。

   表面上は、スルガ銀行の個人向けローンは高収益を実現していた。そんなこともあって当時、金融庁の長官が講演でスルガ銀行をベタ褒めしていたというのは有名な話だ。まったくの節穴だった。

突出していた不動産向け融資

   ではなぜスルガ銀行は個人向け融資に躍起になったのか。そこから著者は、日銀の「異次元の金融緩和」の話に進む。アベノミクスの「三本の矢」の第一弾は、よく知られているように金融緩和だ。要するに市場にお金を増やして、景気を底上げする。「緩和マネー」の一部は行き先を求めて、不動産融資へと流れ込んでいた。

   近年、どれほど不動産融資が膨らんでいたか。本書によれば国内銀行の貸出残高の総額は17年末時点で490兆円。5年前より15.6%増えた。その中で突出しているのが不動産向け融資だ。17年末時点で50.7兆円と過去最高。5年間で27%増。バブル期の1990年前後の倍以上になっている。

   国交省の統計によると、16年の住宅着工数は約96.7万戸。前年比6.4%増。伸びの大半を占めたのが「貸家」で前年比10.5%増の41.8 万戸。特に地方で目立ち、長野、富山などでは前年比30%以上の伸び率となった。16年6月の記者会見で日銀の黒田総裁は「住宅投資がかなり明確に伸びており、再び持ち直している。貸家が非常に伸びており・・・」と語って、「貸家の伸び」を通して「金融緩和」の手ごたえを実感していた。

   ところが、本書によれば、実態はこうだ――「カネ余りで貸出先が見つからない銀行にとって、不動産投資に目覚めた地主やサラリーマンは格好のカモとなった」。こうして、アベノミクス=異次元緩和と、スルガ銀行がつながっていく。

株買いは歯止めなく

   確かに日銀は近年、大きく変貌した。かつては「通貨の番人」「中央銀行の独立」といわれ、中立的な立場と思われていたが、アベノミクスで、債券や株式市場の有力プレーヤーに変わった。わかりやすいところでいえば、株価の下支え。すでに時価総額で東証一部全体の4%前後を保有していると見られている。午前中に株価が下がると、日銀が700億円単位で買いに入るので、日経平均のうち2000~3000円は日銀が押し上げていると試算されているそうだ。中央銀行が株を買いまくるのは世界でも例がないという。

   思い出すのは年末の株価だ。ぎりぎりで2万円を維持した。翌日の東京新聞の一面トップが強烈だった。「日銀の株式買い 歯止めなく」という大きな見出し。「株式相場の機能の低下や将来の損失リスクも高まっている」と警告していた。藤田記者と同じような問題意識を持つ記者がいるということだろう。ここでも「午前中に株価が0.5%前後下がると、午後に日銀が買うと言われている」と書かれていた。「2万円台維持」のために、日銀が出動したに違いないと推測できる。

6度も先延ばし

   本書では、「2年程度で物価上昇率2%達成」という日銀の目標がいっこうに実現しないことについても再三言及されている。6度も先延ばしされ、最近では口にされなくなった。記者会見でいろいろ聞いても、黒田東彦総裁は「逃げ」を打つか、「問題ない」としか答えないから、取材する側も飽き飽きして質問さえしなくなっている、という。

   そもそも金融政策だけで、物価が上下するのだろうか。これは素人でも疑問に思うところだ。実際、日銀審議委員の一人が「物価が上がったり下がったりする理由は様々」と退任後に語っていることが紹介されている。

   本書は最終章で、「失敗の代償は我々に」と改めて注意を促している。この先どのようなことが起きようとも、「政権も日銀も、責任を取るようなことは決してない。ツケを払わされるのは国民」と強調している。本書に登場する日銀首脳たちの発言を見るにつけ、確かに日銀が責任逃れをすることだけは間違いない、と確信した。

   本欄では日銀やアベノミクスを正面から扱った本として『日銀と政治』(朝日新聞出版)、『偽りの経済政策』(岩波新書)、『官僚たちのアベノミクス』(岩波新書)などを紹介している。

  • 書名 日銀バブルが日本を蝕む
  • 監修・編集・著者名藤田 知也 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2018年10月19日
  • 定価本体850円+税
  • 判型・ページ数新書判・239ページ
  • ISBN9784166611874

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