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銃乱射事件で兄を失った弟の心情を克明に描く

おやすみの歌が消えて

 先日、第61回グラミー賞の授賞式がロサンゼルスで行われた。映像ディレクターのヒロ・ムライさんが監督したチャイルディッシュ・ガンビーノさんの「This Is America」の音楽ビデオが、最優秀ミュージック・ビデオ賞を受賞した。ピストルで人を撃ち、血しぶきが飛ぶ場面もあり、実際にアメリカで起きた銃乱射事件を想起させる内容となっている。

新人作家が我が子をモデルに

 米国で後を絶たない銃乱射事件を題材にした本書『おやすみの歌が消えて』(集英社)は、本国アメリカで2018年に刊行されると、大きな反響を呼んだ。

 著者のリアノン・ネイヴィンさんは、ドイツのブレーメンで育つ。広告エージェント業界で働く中でニューヨークに渡り、結婚後に退職。現在はニューヨーク郊外で3人の子と夫と暮らしている。デビュー作となる本書は、17ヵ国で版権が取得された。主人公のザック(6歳)と同じ年頃の子供たちをモデルに執筆したという。

 訳者の越前敏弥さんは、1961年生まれ。文芸翻訳者。東京大学文学部国文科卒業。著書に『文芸翻訳教室』(研究社)、『翻訳百景』(角川新書)など。訳書にダン・ブラウン『オリジン』(KADOKAWA)、同『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫)など多数。

 越前さんのあとがきによると、著者は2012年にコネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件に衝撃を受けた。「銃撃犯が侵入してきたとき、子供たちがどれほどの恐怖にさらされることになるのか、そして大切な人を失った遺族がどうやって悲しみを乗り越えていくのかを、幼い子供の目を通して描きたいと思った」という。

 また、越前さんは「銃撃事件を扱った小説自体はそう珍しくないが、少年の心の微妙な揺らぎをここまで克明にやさしく描いたものは例がなく、まずは期待の新人作家の誕生に大きな拍手を送りたい」と期待を寄せている。

6歳が語ることで増す臨場感

 本書は、「じゅうげき犯が来た日」から「いまもそばにいる」までの55話から成る。原則として、小学校3年生までの漢字で綴られている。大人の目線で語られることは一切なく、6歳のザックの心情がありありと伝わってくる。

 本書を開いてすぐ、緊迫した場面が始まる。銃撃犯が小学校に侵入し、ザックのクラスの先生と子供たちがクロゼットに隠れて息を潜めている。教室の外で「パン」という音と誰かの叫び声が聞こえる。「ぼくはパンという音を数えつづけようとしたけど、多すぎた。しばらくして、音がやんだ」。

 多数の犠牲者の中に、ザックの兄・アンディも含まれていた。アンディはODD(反抗挑戦性障害)にかかっていたこともあり、すぐ機嫌が悪くなった。ザックの心の中は、アンディに対して感じていたストレスと、味わったことのない喪失感が混在している。

 「天国へ行けるのはいい人だけだって、おばあちゃんは言ってた。でも、アンディがいい人じゃないときは、たくさんあった。......もうアンディはぼくにいじわるをできないし、ママをおこらせることもできない。......もしアンディが天国じゃないべつの場所へ行って、いまごろ、じゅうげき犯みたいな悪い人たちにかこまれてるとしたら、たぶんすごくこわがってるだろう。......『とにかく、天国にいるといいね』」

残された家族の再出発のために

 アンディを失ったことで、母は錯乱状態に陥る。メディアに出演し、加害者の親を糾弾する。父は暴走する母を止めることができず、父と母の気持ちは徐々に離れていく。残された家族それぞれの揺れ動く心情、崩壊していく家族関係――。事件を機に壊れていく大切なものを、ザックが想像力を発揮し、勇気を振り絞り、必死に守ろうとする。中でも、「17 気持ちを表す紙」のアイデアが印象深い。

 「自分の中で、ふたつ以上の気持ちが同時にわくことがあるなんて、これまで知らなかった。......絵をかくことで気持ちを整理しようと思ったんだ。......ぼくの中にあるふたつの反対の気持ちに合う色をそれぞれえらび、一まいの紙にひとつの気持ちの色だけで絵をかくことをくり返したら、ふたつの気持ちが切りはなされてごちゃまぜじゃなくなるから、役に立つかもしれない」

 米国の銃乱射事件を報じるニュースから、実際に現場で恐怖を体験した子供の声を聞くことはあまりない。6歳のザックが、その小さな体で体験した出来事を、その豊かな感受性で感じとった気持ちを、ひたむきに語っている本書は大きな意義があると思う。

BOOKウォッチ編集部 Yukako)
  • 書名 おやすみの歌が消えて
  • 監修・編集・著者名リアノン・ネイヴィン 著 / 越前敏弥 訳
  • 出版社名株式会社集英社
  • 出版年月日2019年1月10日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六判・400ページ
  • ISBN9784087734959
 

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