読むべき本、見逃していない?

日本最古の古本売買は? 売られた書籍は?

  • 書名 江戸の古本屋
  • サブタイトル近世書肆のしごと
  • 監修・編集・著者名橋口侯之介 著
  • 出版社名平凡社
  • 出版年月日2018年12月17日
  • 定価本体3800円+税
  • 判型・ページ数四六判・335ページ
  • ISBN9784582468229

 「経師(きょうじ)」という言葉を余り耳にしなくなった。表具屋さんのことだ。ふすまなどの修理をする人だと思っていたら、この「経師」が、私たちの文化に大変な役割を果たしてきたということを本書『江戸の古本屋』(平凡社)で初めて知った。

 タイトルにもあるように、本書は江戸期の古本屋をテーマにしている。ただし、本というものの来歴をたどっていくうちに、どんどん時代をさかのぼっていく。いつごろから本がつくられ、流通するようになったのか。それを解説する中で登場するのが「経師」だ。

職人であり商人

 日本の書物史を語るとき、「経師」の存在を抜きにはできないという。書籍の製作者という職人的性格ばかりでない。本書によれば、頒布や流通にもかかわる商人的側面も持ち合わせてきた。近世に入って本屋が本格的に出版から流通にかかわる以前、古代から中世の長い間、経師がその役割を担っていたそうだ。

 「経師」とはもともと、奈良時代に写経を担当していた人だという。経典を写す人、すなわち写経の師というわけだ。そのころ経師は、広義には写経に従事する職人全般を指し、狭義には書生(しょしょう)とか写書手といって、経を書く仕事をする人のことだった。

 例えば天平11年(739年)に「法華経792巻」を写経するにあたって94人が動員されたという記録が正倉院文書に残されているそうだ。内訳は78人が経師、6人が装演手、10人が校生。経師が経典を書き、装演手が仕立てを担い、校生が校正した。こうして巻物になった書物「巻子」が完成する。

『白楽天詩巻』を売りに来た女

 中世になっても、本づくりや本に関わる仕事は「経師」という特殊技能集団が担っていたという。本書に興味深い記録が紹介されている。

 保延6年(1140年)10月、京に住む藤原定信という人の家に、朝から物売りの女が二種類の巻本を売りに来た。定信はそのうちの一つ『白楽天詩巻』を購入した。一目見て、定信の4代前の先祖で、三蹟の一人といわれた藤原行成の筆とわかったからだ。これが書籍史上「最古の古本売買」の記録とされているそうだ。

 それだけではない。この記録にはもう一つ重大なことが記されていた。この物売りの女は「経師の妻」だというのだ。経師は本づくりが仕事。妻はそれを売り歩く。おそらくは得意先から頼まれた古書なども扱う。ここに細工人としての経師のもうひとつの姿、本の売買にも関係する商人としての性格がクローズアップされてくるというわけだ。

 このように本書は、奈良時代にまでさかのぼりながら時代を追い、書籍づくりと流通の歴史を振り返っている。

「明治20年」以来の変革期

 著者の橋口侯之介さんは1947年生まれ。上智大学の史学科を出て出版社に勤務した後、岳父の営む東京・神保町の誠心堂書店に入り、84年から店主に。東京古書店会の会員で、上智大学などで非常勤講師も務めてきた。これまでに『和本入門』(平凡社)、『和本への招待』(角川選書)などの著書もある。

 本書は「序章 江戸時代の本屋というもの」、「第一章 本屋の日記から――風月庄左衛門の『日暦』」、「第二章 本屋仲間と古本」、「第三章 江戸時代の書籍流通」、「第四章 経師の役割――書物の担い手として」、「終章 書物の明治二十年問題」という章立て。多様な資料をもとに江戸時代の書籍業の実情に迫る。そこから浮かび上がるのは、江戸時代の書籍業者とは、新刊本の版元であるばかりでなく、売る、流通させる、文房具も売るなど書物とその周辺事業を一手に握る存在だったということだ。もちろん新刊だけでなく古本も同じ業者が扱っていた。それらが分化するのは明治20年以降のことだという。

 書店や出版業界はいま、電子書籍やアマゾンによって、この「明治20年」以来の変革期を迎えているという。奈良時代以降の書籍・出版・流通・販売史を振り返る本書は、もともとは『日本古書通信』という業界内の専門誌に連載されたものを大幅に書き直したものだというが、日本人と書物のかかわりを考えるうえで、一般読者にも興味深い内容となっている。本欄で紹介した『図書館の日本史』(勉誠出版)とともに図書館にはぜひ置いてもらいたい本だ。

 本欄ではこのほか出版・書店関連で『出版の崩壊とアマゾン』(論創社)、『文藝春秋作家原稿流出始末記』(本の雑誌社)、『書店に恋して――リブロ池袋本店とわたし』(晶文社)、『高円寺文庫センター物語』(秀和システム)、『日本の参謀本部』(吉川弘文館)、『小出版社の夢と冒険』(出版メディアパル)なども紹介している。

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